Song for youという約束 【12/10 嵐Untitled 福岡公演】

2017年12月10日。ヤフードームにいた。

記憶は細部から抜け落ちて、ただ、胸に焼きついた感情と記憶の覚書を、未来の自分の為にと思うと、真っ先に思い出されるのが、ムービンステージでARASHIを歌いながらメインステージに戻っていく五人の姿だ。過去と今とが、目の前で交錯した、あの瞬間、死ぬ間際の走馬灯のように、自分と嵐の10年を思った。

 

 

今回のツアー「Untitled」の肝が「Song for you」と「未完」であることは、すでにMステでのあのパフォーマンスを見た以上明白で、それをどう、組み込んでくるのか、というのが、私の最大の関心ごとだった。

結果、そこに至るまでの数曲が、怒涛の懐かしシングルメドレーなんだけど、ピカダブとかサクラサケとか、ムービングに乗って、五人が、昔のままのあおりで、流れで、切り取られ方とか流れていく景色が、どうしても私にはTimeコンのそれに見えて、見えてしまって、嵐がA・RA・SHIを歌いながら、真ん中を行くあの感じとか、今を見ながら過去を見て、その記憶のうねりの中で、わかった。思い知った。忘れているわけじゃないこと。10年の記憶。私がみてきた10年分の嵐は、ちゃんと私の中にあって、それはもう私の一部で、先導されなくても沁みこんだC&Rが、自分の口から零れ落ちること。サクラサケのイントロが流れたら、ワッショイ!って叫んでしまうこと。ユア マイ ソウル。いやもうほんとに。いつもずっと、そばにいた。10年分のARASHIを思い出した。そしたら、ムービングで、メインステに戻った時、最後のラップに差し掛かって、翔ちゃんがいつものように歌った。

 

僕らはいつも探してる でっかい愛とか 希望探してる。

 

ああ、そうだったって、閃くように思った。どうして忘れていたんだろう。わたしたち、ずっとそうやってきたんだった。探してた。同じもの。愛とか希望とか、そういうキラキラしたものを。だからもう、大丈夫だって思った。どれだけ、はなれても、遠くても、世界中のどこにいても、絶対にまた、会える。同じものを探して、だからまた、巡り会える、大丈夫って。これまでのどの瞬間よりも強く、嵐が側にいると思った。そうだった。わたしは、わたしたちは、この世界を楽しんでおいでと、そうやってこの時代に生まれてきた。君たちと、アイドルと、同じ時代に、生まれてきた。

Song for youは途中から、嵐のプライベート写真とか、リハの写真が、バックで流れていって、08国立のリハ、10周年の写真、どこかで見たなっていう写真が流れる度、ああ、ちゃんとここまで一緒に歩いてきたんだなって思って、最後、デビューの時の、何も知らないままハワイの真っ直ぐな道に座り込んだ五人の写真に、15周年の時のハワイで、同じ構図で撮った五人の写真が、綺麗に重なって、それがもう、なんか、とどめだった。ああ、一緒に生きてきた。そう思った。五人だった。五人でいる。今も。紛れもなく、全部奇跡だった。いつの時も、嵐らしく、笑って。よかった。これ以上の幸福があるか。自分の大好きな人たちが、この人たちらしく笑って、ここまでこれた。こんな景色をみせてくれた。こんな景色をみせてあげられた。これ以上の幸いがあるか。

五人の挨拶が挟み込まれる。ニノが言った(と思う)僕たちの想いは、届きましたか。

届いたよ、受け取ったよ。そう思ったら、この涙どうやって止めんだ、って思ってた涙が、すんって引っ込んだ。もう大丈夫だった。新しいページに、胸は高鳴る。未完の先へ。アンコールのラストは「彼方へ」

 

Don’t stop the music. Never stop the music.

終わらないストーリー。果てしないメロディ。

 

旅は続く。でも、約束があるから、もう大丈夫だ。もう誰かを、何かを、嘆いたり、蔑んだり、妬んだり、しなくていい。またね、という約束が、もしかしたら、5年後、10年後、もっと遠い未来にしか果たされないとしても、大丈夫。

「誰一人、欠けることなく」昔、オーラスで潤君が言っていたこと。いつからか言わなくなったその約束を、思い出した。誰一人、欠けることなく。夢物語のような、到底叶うはずのない、誰の目にも明らかに不可能なその願いを、潤君は口にしていた。その時、その場に居合わせる人たちとは、一期一会だ。同じ顔ぶれでまた一堂に会する奇跡など、起こるはずもない。今日君のことが好きでも、明日、同じ気持ちで、君のことを好きでいられるか、そんなこと誰にもわからない。それでも、潤君はきっと、信じて、願ってた。誰一人、欠けることなく。誰よりも強く、そういうことを信じている人だ。きっと、今も。口にしないだけで。そのことを、そんなことを、今更になって思う。

 

 

This song for you.

わたしからきみたちへ。

たくさんの、忘れられない景色をありがとう。

その時々において、どれだけ、わたしは君たちの想いに誠実でいることが出来たでしょうか。わかりません。全部を見てきたなんて、そんな自信もありません。きみたちだけが世界の全てだったわけでもありません。見る人が見たら、それは誠実ではないのかもしれません。でも、そんなことは、どうだっていいことです。わたしは誰かに認めてほしくて、君たちのファンをしていたわけではないからです。本当のファンとか、誰かに評価してもらうために、認めてもらうために、きみたちを好きでいるわけじゃない。わたしはわたしのために、君たちを好きでいました。私が前に進むには、君たちの存在が必要でした。君たちと生きようと、何か確たる決意があったわけではありません。でも、結果として、君たちと生きてきたのだ、そんなふうに思いました。アイドルと、一緒に生きるとは、こういうことなんだと、自分の人生のあの瞬間にも、この瞬間にも、君たちがいた。振り返れば、そんなことを思うのです。悔しかった。悲しかった。嬉しかった。心配した。わたしがこんなことをしていた時、君たちはこんな仕事をしていたし、君たちがこういうコンサートをしていた時、わたしはこういうことを考えていた。その一つ一つ、私の歴史の一つ一つに、君たちのその時がリンクして、それは交互に織りこまれた組紐のように、いつの間にか、嵐の記憶が組み込まれた私の記憶、それが、私の人生になっていました。

いつも、側にいてくれて、ありがとう。

君たちらしく、いてくれてありがとう。

後輩たちに、その背中を見せてくれてありがとう。

いつか、ニノが言っていたことを、思い出します。自分たちには役職とか、そういう目に見える形の昇進とかがあるわけじゃない。そうだね。でも、いつの間にか、立派に中間管理職になってましたね。後輩を家に呼んだり、ご飯に連れて行ったり、そういう未来が、嵐に訪れるなんて、10年前は思ってもみなかったのに。あんなに内気だった人たちが、五人で、いつも、五人だけで世界がどこか、完結しているような、そんな人たちだったのに。たくさん後輩に慕われて、そしてこんなにも面倒見がいい先輩になるなんて、本当に、わたしはごめん、想像しなかったよ。

いつも、想像し得なかった未来を、夢を、みせてくれてありがとう。

 

 

どうかこれからも、君たちらしく、嵐らしく、いてください。

今日も「嵐」でいてくれて、ありがとう。

いつかまた、一緒に遊びましょう。

希望も自由も、君たちと共に。

Never ending music!

もうげんげんなんて呼べない 【ミクロワールド・ファンタジア 大阪 8/5】

私が初めてこの目で元太君を見たのは、去年の8/11だった。
六本木の地下室に、松倉君と2人、肩を並べて飛び出てきた瞬間のことを、今も、今でも思い出す。
振り仰いだその先のバルコニーが、そこだけキラキラ輝いて、若い力が弾けて笑顔に変わり、降り注ぐのを見た。
若さは武器!可愛いは正義!2人でいれば無敵!そういう2人だった。そういう2人だと感じた。


あれからほとんど一年が経ち、私は大阪にいた。
東京公演のレポを薄目で拝見しつつ、待ちに待ったその日。座席で開演を待つ間、2月に帝劇で見た元太君を思い出していた。錚々たるメンバーの中、一生懸命食らいついていたっけな、と思った。でも正直まだまだだと思った。それぐらい、周りのキャスト陣の技術も経験も、ずば抜けていた。あの中で輝くにはもっと光る何かが必要だと感じた。だから元太君は、次のステージに行く時が来たのだと思った。

ミクロワールド・ファンタジアへの抜擢は、この時共演した屋良君が伸びしろを感じて佐野さんに推薦してくれたと聞いた。でしょーでしょー!お目が高いです屋良先輩!!!!!と謎のドヤ顔をしてしまうくらい嬉しかった。

勇者になりたいアレックスという蟻は、元太君にもの凄く似合っていた。
強くなって兄の仇をとると息巻くアレックスは、けれど自分の等身大の小ささを知り、仲間の絆の力を知る。1人では出来ないことも、誰かとなら成し遂げられる。そのアレックスの設定の一つ一つが、元太君自身とリンクする部分がたくさんあって、これを元太君がやらせてもらえることが、本当に嬉しかったし、ソロで歌って踊って、堂々と演技する、話をきちんと引っ張って舞台の真ん中に立つ姿に、大きくなったんだなあと思った。去年と同じ男の子じゃないと思った。もうげんげんなんて呼べないなぁ、こうやって季節が巡る度に、男の子じゃなくて男の人になってくんだなあって、そんなことを、元太君の精悍な眼差しを見ながら思った。
それはとても嬉しくて、ほんのすこしだけ寂しい。
青い春のその最後の匂いを、気配を、日々風にさらわれていく君の「少年の頃」の欠片を、私はあとどれだけ、見届けられるだろう?


梅田のお洒落な商業ビルの4階から見えた景色は明るかった。六本木の地下からこんなところまで、私を連れてきてくれて、ありがとね元太君。

君の空は、もっとずっと広いから、もっと高く飛んでください。

27歳おめでとう

伊野尾ちゃんが27歳になった。

26歳の伊野尾ちゃんは、相も変わらず美しかった。また「美しい」という言葉以上に、伊野尾ちゃんにぴったりな言葉を見つけられない一年だった。慌ただしく過ぎた2016年。7月のドラマ「そして誰もいなくなった」では、最終回で事件の真犯人という衝撃的な役を華麗に演じきってみせたし、今年はやっと主演映画「ピーチガール」が公開になった。いつの間にやらちゃっかりしっかりレギュラーになった志村動物園では、元担相葉さんとダンスコラボまで披露し、メレンゲでは過去共演したことのあるゲストの方がやってくる度、場を和ませ、その交友関係の広さを教えてくれた。

一見すると可愛くて、華奢そうで、日焼けなど無縁な真白い肌は、さてはこいつインドア派だろうと思わせるけれど、伊野尾ちゃんは意外とフットワークが軽いし、友達の誘いにはひょいと乗っかって、どこぞの山奥の秘湯まで行ったりするような人で、表立って言うことはあまりないけれど、ドラマで共演した人、映画で共演した人、先輩方は言わずもがな、たくさんの人と長く繋がっていることが、たくさん知れた年でもあった。担当として、やっぱり自担が楽しく、たくさんの人に愛されていることが知れるのは嬉しかった。

 

ブログを振り返ってみてもわかるように、私はこの一年、JUMPの現場よりもそれ以外のグループの現場が圧倒的に多かった。情報量も、自分から能動的にとりにいく量は、圧倒的に少なくなった。もうほとんど、JUMPに関しては降りている、と言っても過言ではない。今年ツアー全落だしね…どうにもこうにもモチベーションが維持できそうもないすまない。でも、じゃあ、伊野尾ちゃんは担当じゃなくなったのか、といわれるとそうでもないと思っていて、でもがっつり担当というよりか、むしろそこから一歩進んで、私のオタクとしての血肉になってちゃんと一緒に生きている、という感覚に近い。そして、伊野尾ちゃんの強さをちゃんと信じることが出来るようになったように思う。

 

伊野尾ちゃんはいつも言う。小学一年生の頃は「初めて」がいっぱいだから、時間が経つのがすごく遅いけど、大人になるにつれて、はじめてのことはなくなっていくから、毎日がどんどん早く過ぎていく、だから、小さなことでもいいから「新しい」ことをどんどんやって、刺激を受けて、人生を出来るだけ長く楽しみたい、って言う。伊野尾ちゃんは人生に対して貪欲だ。だからわたしも貪欲にやってやろうと思う。思ってる。そこに行動の基盤がある。やるかやらないか、行くか行かないか、そういう場面でいつも、伊野尾ちゃんのことを思いだす。

伊野尾ちゃんは祈らなくても、ちゃんと伊野尾慧のままだった。何か別の色に染まったりするでもなく、キャラクターというものを演じたりするわけでもなく、酷く疲れたり荒れたり傷ついたり、したのかもしれないけどそれを絶対におくびにも出さなかった。どんなに求められても苦労話はしない。辛かった話はしない。僕や僕たちを見て、笑っていて欲しいから。2014年の一万字インタビューでそう語ったあの頃の伊野尾ちゃんのまま。ちゃんとずっと、出逢った時のままの伊野尾ちゃんだった。それが、そのことが、何よりもわたしは嬉しいなあと思う。

そして、たまに、思いがけず雑誌の中で伊野尾ちゃんの言葉に出会う度、やっぱり私はあなたが好き、だと思う。いつだって懐かしくそして新しい。いつも、はじめてそう思った時と同じ鮮やかさで、あなたが好きだ、と思う。あなたは美しい、と思う。その姿かたちはもちろんのこと、誰のどんな悪意も、あなたからあなたらしさを奪ったり出来ない、そのとてつもなく真っ直ぐな心が、何にも振り回されない、縛られたりしない心が、美しいと思う。だからますます私は、ああ、もう遠くで見守るだけで大丈夫、という気持ちになってしまうのだけれど。

私は、伊野尾ちゃんがこれからどう進化していくか、ということよりも、伊野尾ちゃんがこの世界を見て、味わって、どう感じたか、何を思ったか、そういうことに興味があるのだと思う。伊野尾慧、というフィルターを通して、この世界の美しさをもっと教えて欲しいと思う。

 

伊野尾ちゃん、27歳おめでとうございます。

美味しいご飯食べて、ちゃんと寝て、たまにちょっとはふくふくになってね。

今日もアイドルでいてくれてありがとう。

ぜんぶうまくいきますように。あなたが願うことすべてが、最良の形で叶いますように。たくさんの人を愛して、そして愛されるあなたでいてください。

愛を込めて。

 

君の名は『希望』といま知った【24コン発売おめでとうございます】

ここで終わり、でいいのかもしれない、と思った日がある。それがいつかって言ったらそりゃあ1月24日のあの日で、2008年からジャニオタになって、8年経って、その8年の間にずっと、見たいと思っていた景色が、熱が、あの日目の前にあって、ああ、今日この日の為に私はジャニオタであり続けたのだと、今日この景色を見届けるための8年だったと本気で思って、そして、今日の日を超えてくれないと困るんだぜ、それはきっと君たちにしか出来ないんだぜジャニーズWEST、と彼らの躍進を確信した日でもあって。

 

淳太君が30になる前に、ドームに立ってほしいなあと、それにはもう時間があんまりないぞ急げ急げ!と密かに思っていたら、ファンクラブが出来て、そして9月27日のあの日、ドーム公演決定の一報を受けて、ああ、ついにこの日が来た、すごい思ってたより全然早い…!と驚いていたのはこっちサイドだけじゃなく、メンバーもそうで、「席が埋まるのか不安で空席の夢を見るジャニーズWEST」VS「チケットがとれるのか不安でしょうがないWEST担」という非常に面白い構図を見た3ヶ月。

ドキュメンタリーを見たら、彼らがどれだけ楽しみに、そして初めてに興奮し、少しの不安と緊張を抱えて、あの日あの場所にいたのか、それが全部、伝わってくるようで、私もあの日、はち切れんばかりの期待をもって、あの場所にいたことを思いだした。私はずっと、ジャニーズWESTを担当すると決めてからずっと、期待しか持ったことがない。君たちは私に不安なんて、心配なんて、一ミリも抱かせない。そこには絶対に幸福があると、期待以上の何かが、心を突き動かされる何かが、想像以上の騒がしさと楽しさが、瞼の裏に焼き付いて離れないほどの、眩しくて美しい世界が、剥き出しの感情をぶつけ合って起こる限りなく奇跡に近い瞬間が、必ずあると、私に確信させ続ける。

 

「絶対はないって言葉が、よく聞くじゃないですか…でもあると思うんすよね。だから絶対に、幸せな空間、時間を、作りたいとます」って、小瀧君が言った。ああ、この子の「絶対」は信じていい「絶対」だ、誰に何を言われても信じたい「絶対」だと思った。

好きだとか、かっこいいとか、可愛いとか、小瀧君に向かう気持ちは、その全部が当てはまるけど、でもどれもちょっと違うと思ってた。でも、やっとわかった。あなたは私の「希望」だった。

 

初日の挨拶で照史くんが言った。「生まれてきてよかった」って。私も同じ。生まれてきてよかった。この世界は、時に呆れるほど容赦なく過酷で、生まれた時からやれ不景気だ環境破壊だエネルギー問題だこの星はこのままいくと死ぬと言われ続けて、なんかしらんが大変な時代に生まれたんだってことだけずっと刷り込まれ続けて、人生ハードモードマジツラって、ジャニオタになってもさあ、色々あったし、これからも色々あるんだ。良い事も悪い事も、楽しいことも悔しいことも。でも、でもさあ、そういうの全部チャラになったし、これからも絶対チャラになるでしょ、わたし。この世界は、それでも生きていく価値がある。そう思った。忘れないよ。だってこんなに心をくれた。時間を超えて、空間を超えて、2016年の12月24日のあの日から、今日のわたしのところへ。なんで「ええじゃないか」みたいな明るい曲で、ぼっろぼろに泣いてんだって、それはそういうことだ。心がここに届いたから。希望はあると知ったから。

 

ここで終わり、でいいのかもしれない、と思った日があったけど、いま私は、もっとずっと貪欲に生きていきたいって思ってる。君と、君たちと、笑って泣いて笑って、笑って、そうやって、ずっと一緒に、生きていきたいと思ってる。

もし、ジャニーズWESTなんか変わった?って勝手に不安がる日が来たら「あっほやな!なーんも変わってへんで!」って叱ってよ。なんか遠いなって勘違いする日が来たら「こっち見ぃ!あほ!ここにずーっとおるで!!」って怒ってよ。そんでさあ、また、コンサートのその場所で、ドームのあの場所で、笑いながら生きてるーーーーー!って叫ぼうよ。

24から感謝を、そして希望を受け取ったよ、ありがとう。

 

 

Defiledの戸塚くん【福岡公演 5/19.20】

A.B.C-Zの戸塚君が、舞台「Defiled」をやるよっていうお知らせがメールで届いたのは今年に入ってすぐだった。

勝村政信さんとの二人芝居で、しかも福岡でもやるという。遠征せずに見られる現場、本当にありがとう。申し込んで、当選して、チケットが届いて、やれなうぇすとだSHOCKだSTAGEコンだと忙しくしていたら、その日はあっという間にやってきた。

戸塚君は図書館に爆弾を仕掛けて立てこもる犯人役、そして勝村さんはそれを説得に来た刑事役。それ以上のネタバレも何も自分に入れることなく(というかその暇がなかった)戸塚ハリーに出会うことになった。

会場のももちパレスはちょうど一年前にも戸塚君が「寝盗られ宗介」をやったところで、またそこに帰ってきてくれたのが嬉しかった。

 

19日は通路に降りた戸塚君が割と近くを通る席だった。

10年前婚約してたのにフラれた元恋人との久しぶりの会話でショックを受けたハリーが、愕然としながら歩いていく。

大股で歩いていくハリーが通り過ぎた後、少し遅れて、ハリーの熱を残り火みたいに孕んだ風が、頬を微かに撫でて消えていった。戸塚君の熱。戸塚君の温度。静かにぢりぢりと燃える火の玉みたいだった。

19日のハリーは感情を押し殺して、冷静に、極めて冷静にいようって、心の扉をぎっちぎちに閉ざしたハリーだったけど、20日の今日は全然違った。えらく饒舌なハリーだった。昨日と同じ台詞のはずなのに、受ける印象はがらりと変わっていた。やってやるという気迫を抑えきれない感じ。同じお芝居を二回以上見るのは初めてで、しかも二日続けてで、だからかもしれないけど余計、昨日と全然違う!!って、まずそのことにびっくりした。

Defiledは二人芝居だから、基本的にずっと出ずっぱりだ。二人しかいないから、逃げようもないし、滲みようもない。演技っていう目に見えない何かでもって、一人と一人でなにかを創りあげようともがいているように見えた。二人しかいないから、どちらかの熱量が小さければ、きっと舞台は傾いて潰れてしまう。あるいは、届く到達点が低く小さい作品が出来る。戸塚君の熱と勝村さんの熱が、舞台の上でぶつかり合う光景は凄まじかった。

勝村さん演じるディッキーは、ハリーを理解しない。だってディッキーの仕事は、ハリーを理解することじゃない。この立てこもり事件を解決することで、彼にとって大事なのは仕事よりもそれ以外の現実だ。奥さんがいて、家族がいる。彼の人生の基盤はそこにある、ように思えた。喜びも悲しみも希望も、そこにある。だから彼は家族の話をたくさんハリーにする。でもハリーはそれに共感できない。理解はするけど、共感はない。だから話は平行線のままずっと進む。ハリーにはもう両親はいないし、お姉さんとはもう何年も口をきいていない。彼には、あの図書館しかない。それなのにその図書館ですら、彼の手から奪われ、魂は死んだ。図書館の、目録カード。彼にとっての神聖なもの。脈々と受け継がれてきた図書館の魂。ディッキーがハリーに、目録カード以上の希望を見せてあげられたらよかっただろうけど、結局それはかなわなかった。

最後、銃撃されたハリーは爆弾の起爆スイッチを押すけれど、作動しなくて、結局スイッチを投げ捨てた衝撃で爆弾が落ちて、それで爆発が起きるっていうのは、原始的な力の勝利を暗に提示してて、めちゃくちゃ皮肉めいていてぞくぞくした。

 

 

千秋楽のカテコの話をする。全部で五回。五分は余裕で拍手してた。

三回目か、四回目かに出てきた戸塚君は、客席をびしびし指差して、自分を指差して、拍手してみせて、にこにこ嬉しそうに笑っていた。それは、去年のSLTツアーのオーラスで声を嗄らしながら客席に向かって「みんな最高!みんなが思ってる以上にみんな最高だからなー!!」と叫んでいた、あの日の戸塚君と同じだった。あの指差しは「最高!」ってことでしょ? 戸塚くん。

最後の最後、にっこにこ笑いながら両手を万歳みたいにして、客席にふわふわふわ~って手をふってくれて、思わず「かわいい…っ」って心の声が漏れてしまうぐらい、もうその時には役者・戸塚祥太よりもアイドル戸塚祥太が出ちゃってた。

叩き続けた掌は、しばらくじんじんと熱くて、その温度はまるで、戸塚君と勝村さんの熱が乗り移ったみたいだった。

 

戸塚くんも、勝村さんも、スタッフの方もみーんな、最高。Defiled、お疲れ様でした。

 

たぶん、愛の話 【STAGEツアー総括】

Sexy Zone sexy tour 2017~STAGE」が終わりました。

この春の記憶を書き残したい。でも、何から書いたらいいのかわからない。書いたら、終わってしまう。本当に終わってしまう。そういう謎の恐怖というか、躊躇いというか、葛藤というか、寂寥があって、でも結局、私は私の為にこうしてキーボードを叩いています。

 

コンサートが育っていく姿というのを、初めて見ました。

ここ一、二年くらいいろんなグループやジュニアの現場に行っていますが、意外とツアーで複数回、違う会場に入るということが基本なく(だいたい地元公演だけ)、STAGEツアーも初日と地元だけ行ければOKかな、なんて思っていたのに、名古屋の翌週、私は何故か大阪にいました。居てもたってもいられず、勢いだけで遠征の回数増やしたのは、実は初めてです。そのぐらい、初日の公演が衝撃的に、破壊的に楽しかった。コンサートを通じて届けられるグループの物語がまず、とても素晴らしかったと思います。決して感傷的すぎず、かといって不自然な繕い方もせず、素直に今のSexy Zoneが放つ幸せな空気に包まれていて、演出的にもかっこいいもの、セクシーなもの、可愛いもの、技巧的なもの、個人個人の特別な関係性が活きるものと、見て楽しい、参加して楽しい、ジャニオタ的に響きまくるあらゆるツボをこれでもか!!と全部連打され続ける二時間半だったように思います。

 

 

なんといってもまず「Teleportation」

五人でやるTeleportation!そして突然の背中合わせふまけん!!ね!!!!?!しんだ。語彙も精神も一旦しんだ。初日のあの瞬間の会場の悲鳴が忘れられない……また衣装が、めちゃくちゃ良かった…ケンティは控えめに言って縛られてましたけど、敢えてメンカラじゃない衣装、おしゃれ、すごい、むり、と解読不能に近いメモ帳に綴られていました。そして、元々ソロ曲なのに五人でやってもすっごい馴染んでたのが、本当にびっくりした。違和感がなくて、初めから五人の曲みたいだった。それにも興奮した。Sexy歌うますぎZoneだった。

からのミスミス。これ、ハニバタでもやってた演出(スタンドマイク風のあれ)だったから、風磨君がケンティのソロコンを見学した意味ありまくりじゃん!!!!!!と思って震えた。これ、五人のサマパラの良いとこどりなん?!天才かよ!!!!!と秒でテンション振り切れた記憶。だって、てことは、風 are you?の大好きなレーザー演出も絶対くるじゃん!!と。菊池風磨、期待を裏切らない、むしろ超えてくる、一周回ってこわい!!!!!

と思ってたらやはり、レーザーで操り人形になる五人。もうここらへん興奮しすぎて初日の記憶は曖昧だけど、とにかく、やられた、すごい、見たかったこれ、わかってる、風磨くんすごい、っていう感想が、脳内をエンドレスループしてた。ここにぶっこまれる過去の振り返りという物語性も、分かってる…すべて、掌握されてる、と思うしかなくて、あと最後、聡ちゃんがソロダンスで締めくくりなんだけど、それにも、聡ちゃんが一人でステージを任せられてることに成長を感じてぐっときた。ダンスの最後、深々とお辞儀してみせる聡ちゃんに送られる拍手の温かさ。忘れない。

 

マリウスくんソロは、何回見てもぐっときちゃって。

「ダンケシェーン」は、十代の今のマリちゃんが歌うと可愛いなって思うし、これから二十代、三十代って歳を経ていくにつれ、曲の深みが増すというか、いくつになっても歌い続けられる曲だなあと思います。

「幼い頃は 夢のまた夢 今この場所で歌えるなんて ありがとう込め みんなに送る 僕からとっておきの贈り物 素敵なLove song」

このフレーズを歌う時、デビュー当時のマリちゃんがフラッシュバックしてしまって、日本は今やべえから行くのは止めろとたくさんの大人に言われたにも関わらず、日本の人を幸せにしたい、笑顔にしたいと、ただその一途な願いの為だけに見知らぬ土地にやってきた天使が、今こうしてちゃんと夢を叶えていて、それだけで本当にこっちがありがとうなのに、なのにマリちゃんは歌うんですよ「ありがとう込め、みんなに送る、僕からのとっておきの贈り物」って。泣くわ!!!!!

それと、マリちゃんは名古屋二日目一部の最後の挨拶が忘れられなくて、

「僕は今日、この会場のみなさん一人一人を助けたい、と思いながらコンサートをしました」って、こんなね、大天使に成長した本物の天使に一瞬でも、刹那でも、「助けたい」と思ってもらえたわたしの人生って、もうそれだけで100点満点では、と思うのです。どんだけ徳を積んだんだよ、前世のわたし。ありがとな。

 

よびすて、Ladyダイアモンド、あとちょっと前のK&Q&Jもだけど、セクゾはシングル曲のサビふりをみんなで踊る文化だよね。意外と踊るコンサートだなってのは、ウェルセクの時も思った。それだけキャッチーで覚えやすい振り付けが多い、しかも地上波の音楽番組でパフォーマンスが流れるシングル曲に多いってのは、グループの強みの一つだなーと思う。なんとなくでも、テレビで見たことあると割と体が動くので、初めての人でも飛び込んでいきやすいし、参加出来た感も体感として得やすいんじゃないかな。

(そういうことでいうと実はC&Rって私は大好きだからいっぱいあると嬉しいんだけど、予備知識を入れていかないと参加出来ないというか、なんとなく不完全燃焼で終わる気がするので、新規にはハードル高めのコンサートになってしまうんだなあと、これ書きながらの気づきメモ)

 

キャラメルドリーム

初日、私の走り書きには「ふまけんーーーーーーーーー」としか書かれていませんでした。察して。いや、急にトロッコの上であんないちゃこら見せられたら、無理だから。いろいろ、無理だから。幻覚かな?って、興奮しすぎて都合のいい幻覚見てるのかな?って、本当に思った。ツアーが進んでいくにつれ定番になった、しょり聡による全力の「ダバダ!」芸が忘れられない。

 

「Hey you!」「ぶつかっちゃうよ」

初日はHey you!で、これはまあわかる、ここできたか!と割と冷静に受け止めたけど、名古屋二日目一部でぶつかっちゃうよのイントロが流れた瞬間、リアルに「ヴぇ?!」って声出た。ぶつかっちゃうよが好きすぎて、全力でサビ踊る聡ちゃんに興奮しすぎて記憶がない。日替わりセトリガチャは風磨ソロといい、なかなかの挑戦だったんではないでしょうか。日替わりで思い出したのでここに書くけど、テレポ前のソロコン繋いだ導入映像も、大阪の途中からかな?変わってたし、ツアー中でもどんどん内容をブラッシュアップしていこうという、スタッフ陣及びメンバーの気合いが感じられて、そういうコンサートの変化というのを、自分の眼で追うことが出来て、本当に良かった。あとそれに呼応するように客席の声もどんどん大きくなっていってるような気がして、オーラスはすんげえことが起きるぞ!と、割と名古屋の段階でそういう予感がすごかった。

 

MC

ウェルセクの時も、風磨くんのMC無双感がすごいと私の中でだけ話題だったけど、今年もやっぱり風磨くんのMC力が素晴らしかった。他の四人に満遍なく喋らせるし、各々のお仕事報告も忘れないし、それに輪をかけてやっぱり、五人の空気感がすごく良かったし、自然と五人の会話のテンポというか、役割みたいなのが確立されつつあって、結果どう転んでも面白いというか、オチがつくというか(だいたい聡マリが全部もっていきがち)、そうじゃない時でも、きちんと広がった話を、風磨くんや勝利くんあたりが結びまでもっていってくれるので、トークが霧散しないから、聞いてて安心感と満足感がどの回に入ってもすごかった。

 

君だけForever

なんといってもピアノです。ケンティのピアノ。曲前に軽く流すように奏でられる旋律からもう美しくて、いつも一瞬でうっとりしてた。からの、風磨くんの高音で始まるサビの音色がまた美しくてなあ……最高。

 

Sweety girl

着ぐるみがマジで、ジャニーズWESTの2016年版カレンダーのあれと同じっていう、それが気になってしょうがなかった初日。後半入ってくる三人とジュニアとの絡みや、最後の聡ちゃんへの風磨くんのちょっかいなど、ツアーが進むにつれて自由度がどんどん出てきた曲だった。かわいいは正義

 

私のオキテ

女装ありがとう。しんどいがすごくてとにかくもうしんだ。何度見てもしんだ。感情という感情がぜんぶ出ちゃう感じ。理性は着ぐるみと一緒に脱ぎ捨てられた。しんどいまじで、と初日のメモに書かれてた。今でも思い出すだけでだいぶしんどい。正直、双眼鏡を構えるか、それとも一緒に踊り狂うか、最後まで判断に迷い続けた一曲。でも結局踊ったよね。めちゃくちゃ楽しかった!!!!!何度でもいうけど女装ありがとう!!!!!健子、またどっかで会おうな!!!!!むちゃくちゃ清楚な空気出してるのに、実は部活でなぎなた振ってそうな力強いダンスだし、最後はパンチラのサービスかましてくる健子が好きだよ!!!!!

 

It’s Going Down!

五人で風磨ソロ!!!! ここのレーザー演出も素晴らしかったし、またこの曲もテレポと同じく、めちゃくちゃ五人に馴染んでたのがさあ、もう最高だった。この曲ってちょっとゴリゴリしてて、めちゃくちゃ風磨くんらしい曲だと思っていて、ぶっちゃけセクゾに合うかっていうと合わないんじゃないかなって思ってたから、個人的には大好きな曲で、やってほしい気持ちはあるけどこのツアーではないんじゃないか、と半ば諦めてて、からの初日イントロでやっぱりテンション振り切れたし、本当に毎回心からその完成度に震えた。

「夢を見ているような

流れる瞬間抱いて

揺れる音の中 今踏み出そう」

をマリちゃんに歌わせた人に金一封差し上げたい。ここの歌詞とマリちゃんの声の親和性がマジでとんでもなかった。

あと本当に単純に、歌詞がめちゃくちゃにエモくて好きすぎる。わたし、めちゃくちゃ英語出来ないんでgoing downの意味を調べて。「やってやろうぜ」っていうニュアンスの意味なんだと思うけど、時は来た、やってやろうぜって、もしかするとこれを書いた当時は、そう呼びかける相手は、風磨くんの友達とか、ファンの子とか、そういう対象だったのかなって、勝手に思っていて、でも五人で歌うIt’s Going Down!は、メンバーとがっつり肩組んで、セクゾとしてやってやろうぜ!世の中に見せつけてやろうぜ!っていう、そういう決意表明の曲だったのかなあって、私はちょっと穿ってそういう解釈をしてみた。

ちょっと前記事と被るけど、風磨くんって目に見えないものを大事にするし、信じてる人でしょ? だから私も信じられるし信じたくなるんだよ。菊池風磨という人間を。過去がどうあれ、誰が何を言ったとしても、風磨くんから零れてくる音楽は、言葉は、情熱的で優しくて、裏切らないでしょ? そしてそれこそが、本当で真実なんだと、私は思うよ。

 

Break out my shell

登場の時のこれから世界ぶっ壊します、っていう眼差しの聡ちゃんがすごくて、曲終わる時の一人二人殺したみたいな眼差しの聡ちゃんがもっとすごかった。ダンス!とにかくダンス!!聡ちゃんの体の小ささをまったく感じさせない、ダイナミックかつしなやかなダンス!!!ダンスパフォーマンスで落ちがちなオタクが好きなやつ!!!!ね、19でこれよ?!二十歳超えたらどうなってしまうのか…!!聡ちゃんの成長がこれまで以上に楽しみになった一曲。聡ちゃんは天然すぎる発言とかがフューチャーされがちだし、そこも魅力だけど、確実にセクゾをダンス面でぐいぐい引っ張っていく素質があるよね。

 

「rouge」「…more」

どっちもすごく好きだった。濃密な一人芝居を見ているような、それでいてコンサートとしても成立していて、型にはまった振り付け以上の表現力と、感情を迸らせながらもしっかり聞かせる安定の歌声で、ぐいぐい客席を引きこんでいくアーティスト菊池風磨がすごすぎた。自由度が高い分、自分の世界を一瞬でびしっと描ききれないといけない演出だったけど、そこはやっぱりさすが、ケンティのシンメなだけあって、空気感の創り上げ方、振り切り方のセンスまでずば抜けてた。そして、風磨くんが創り上げた、切なくて、えっちくて、しっとりとした夜の空気感を、一瞬で真夏のキラキラ輝く夢の世界に塗り替えてしまうケンティ、本当に恐ろしいほどにアイドル。

 

Hey!! Summer Honey

ハニバタを円盤でしか見てない勢だから、初めて生で浴びるサマハニのハッピーキラキラオーラに思考回路が秒で焼き切れた。

白い布バサッとかけられたかと思いきや、一瞬でブルーの衣装に生まれ変わるケンティが好きで好きで好きだった。ケンティを中心にわーーーーってエネルギーが渦巻いて、世界が呼吸の仕方をがらりと変えるその瞬間を、何度も、何度でも、この目に焼き付けたいと思った。

ジャニオタたるもの、ソロ曲ではメンカラにペンラを変える、というのはもう本能のようで、青い光の海を渡っていくケンティは本当に美しかった。ケンティも、ケンティのために存在するその瞬間の世界全てが、途方もなく、瞬きすら惜しいほどに、美しかった。

ケンティを乗せたトロッコという小さな船が、遠ざかって、離れていって、でもそれはきっと全て正しく美しくて、寂しいと思う隙もないほどだった。

そして、何度だって鮮烈に、驚きと感嘆と愛しさと共に、思う。とんでもない人を好きになってしまった。とんでもないアイドルを見つけてしまった。

 

勝利の日まで→じゃんけん大会→セクサマ

このわちゃわちゃタイムは、客席も嬉しい、本人たちも本人たちで楽しい、素敵な時間だった。ちょっとほんとに風磨くんが勝った回のふまけんハグをなんとかどうにか円盤に捻じ込んでくれください。お願いします。

ちなみに私が入った4回の公演中、3回はマリちゃんの勝ちでした。大阪最終日一部、冒頭のソロパートで突然「such a beautiful night~♪」と勝手にアレンジ加えちゃったマリちゃんに、ふまけんが揃って「「such a ってなに?!」」ってけたけた笑いながらしつこくいじりまくってたの、控えめに言っても最高だった。

 

With you

どちらかというとSTAGEよりも個人的にぐっときてどうしようもなかった曲。

2011年にジュニアの現場なんて全く興味がなかった人間なので、懐かしさとかはないんだけど、それでも歌詞の内容に側頭部ごんごんやられる感じ。さすが最強の担降りソングの異名を欲しいままにした曲。赤い薔薇に誓うのもいいけど「君が今抱える傷や痛みを忘れるほどの旅にしよう。さあ!ぎゅっと手を握った」って歌われる方がエモすぎてしにそうだった。

 

STAGE

歌詞カード見て、わっと泣いて、曲を聴いて、思ってたのとなんか違う涙腺意外と耐えられる……(まがお)と思って、会場で「赤い薔薇に誓う」ってパートが我々に回ってきた時の衝撃が凄すぎて歌いながら「えっ?!えっ?!え~~っ?!?!そうきたか…!!!」ってひっくり返った曲。誓うのは我々の方でしたか…!!!!!!というあの表現できない独特の空気感は初日だけで、二日目からは何の躊躇いもなく合唱してた客席の一体感好きだったなー。公演回数を経るごとに、声もどんどん出るようになって、曲が育っていく過程が一番如実に出た一曲だったように思う。だからこそ、オーラス入りたかったし、諸々状況がうまいこといかなくて入れなかったけど、レポを見る限り、ツアーと共に成熟しきった曲の最高到達点がメンバーの涙という形で溢れたのかなと思ってる。

歌詞を噛み締めれば噛み締めるほど、割と赤裸々に五人の感情とか、その時の状況が綴られていて、改めてこの五年の集大成と言っていい節目の曲だなと思うし、この一曲でメンバーの色んな思いを、良い思いも悔しい思いも、共有することが出来るから、まさに5人のTAGE(月日)と呼ぶにふさわしい名曲になったんだなと思う。

あとめちゃくちゃ新規というか外野の戯言だけど、「この声が 遠いどこかの 泣きじゃくるあなたに 届くまでやめないよ」っていう歌詞から、Sexy Zoneがイメージするファンって笑顔より泣き顔なのかなって思って、それはまあ人数のあれそれのことで王国が瀕死だったことによるものなのかなと思うけど、もうなんか、泣かせたとか傷つけたとか思って欲しくないなあと、個人的には思うわけで。泣き顔より笑顔を、お互いもっと届けられたらいいなと、泣いてるから、泣かせてしまったから頑張ろうじゃなくて、その笑顔が1日でも長く続くように頑張ろうって思ってもらえたら、ファンの幸せが彼らの頑張りの原動力になったら嬉しいなあと、そんなことを身勝手にずっと思ってる。

 

アンコール(Sexy Zone→カラフルeyes→Congratulations)

デビュー曲の演出はもとより、そこから私的に二度目のデビュー曲と呼びたいカラフルeyesに繋げてくるところがSexy Zoneわかってる!!!!!と太鼓判を押したいテンション爆上がりポイント。ファンが大事に思ってる曲を、メンバーも大事にしてくれてるのが伝わってくるとそれだけで嬉しいです。嬉しい。Congratulationsはマジで曲がいい。大好き。去年もセトリ入りしたので、今年はないかもしれない…と怯えていたので、心には距離なんてないと歌わせてもらえてとてもハッピーだった。

 

 

どこを切っても、どの瞬間を思い出しても、楽しかった!!!!!と思うのです。好きだ、とか、かっこよかった、とか、可愛かった、とか、そういう全部の陽の気持ちを集めたより遥かに眩しく、ずっと強烈に、楽しかった、最高に楽しかった、と私の心は叫びます。

で、何がそんなに楽しかったのか、と私は割と大阪公演あたりから自問しているにも関わらず、これだ!という明確な答えがぶっちゃけありません()

セトリが良かったから? 演出が良かったから? 物語性があったから? どれもそうだ、と言えるし、でも、そういうことじゃない気もしていて、今になって、なんとなく思い当たるのは、Sexy Zoneの五人が、あの場所で誰よりも楽しそうにしていた、っていうのが一番大きいのかもしれないと思うのです。あのステージの中心にいた五人が発散する楽しいという気持ちと、客席からファンが送る楽しいが共鳴して、コンサートそれ自体が、脈打ち、高らかに声を上げ、この世の春を謳歌する、一つの大きな生き物のようですらあったと思うのです。

 

最後に、私が「これは愛だ」と思った話をします。

それが何かって「Stand up! Speak out!!」なんですけど、この曲はROCK THA TOWNのカップリング曲で、ツアー初日にはまだドロップアウトされていない楽曲でした。ラジオで少し流れただけで、ちゃんと聴くのは初めてという人も少なからずいたと思います。でもその楽曲で風磨くんは客席にマイクを向けました。声を聴かせてと言いました。それってすごい愛だなって思うのです。だって、絶対声出してくれるって信じてくれてたってことだと思うから。自分たちのファンだったら、やってくれると信じて、それってすごい信頼がないと出来ないことで、それってやっぱり愛だなと思うのです。愛されてたなーと、託されてたなーと思うのです。ファンの声が満ちた、あの箱の真ん中で、くすぐったそうに笑いながら「出来んじゃん」といつだって褒めてくれる風磨くんが可愛くて、愛おしいなと思っていました。

Sexy Zoneがデビューした頃、私は一生懸命嵐担をしていたわけですが、それから新曲が出て、歌番組で見かける度、いつ見ても風磨くんは「ここじゃない」という顔をしているように、私には見えました。ぶっちゃけ、楽しくなさそうだな、居心地悪そうだな、と思っていました。実際の所は知らないし、今更その頃を掘り起こしてみようとはさらさら思っていないので、もし本人めちゃくちゃ楽しくやってたのなら本当に申し訳ないっていう話ですけど、でもどうやらなんとなく当たらずとも遠からず、だったのかなと、ツアーパンフを読んで思いました。反抗期、の三文字では片づけられないような色々があったのだと、ただそれは通り過ぎてしまった昨日で、どうやら私は風磨くんの、Sexy Zoneの昨日には興味はないようです。

私は君たちのこれからが知りたい。それだけでいい。私は私がこの目で見たことだけが本当の全てだと思うから言うけど、私にはウェルセクコンの時から、風磨くんはSexy Zoneがかなり好き、なんだと思っていました。ここじゃない、という顔をしていた人とは思えなかった。だから、風 are you?の挨拶で「Sexy Zoneになりたい」と言った時も、その言葉の重さに気づけなかった。このツアー中に、足りない足りないSexy Zoneが足りない!と思って、過去の雑誌やら録画やらひっくり返して見直した時、2015-16ジャニーズカウントダウンコンサートで、少年みたいな顔で櫻井君と一緒に「A・RA・SHI」を歌う風磨くんを見て、いろんなことが、すごい速さで、胸の中に落ちてきて、あの瞬間に、風磨くんの「嵐になりたい」っていう夢は昇華されたのかなと、そんなことを思いました。ウェルセクコンのオーラスのMCで「もう俺いいと思う、人数がどうとかこうとか、結局5人なんだから」と、もう全部水に流そうぜみたいな口調で言っていたくせに、むしろ世界中のみんなが忘れても俺だけは覚えとくからなというような執念でもって、人数のことにこだわり続けていたように見えたのもまた、風磨くんでした。どの会場でも、5年を振り返り、その途中で苦しい思いや悲しい思いをした人もいたと思うけどと、必ずそのことに触れたのも風磨くんでした。一番、どうでもよくないという顔をして、真摯にその事実に向き合い、ファンと向き合おうとしていたのは風磨くんでした。それはまるで、自分自身にもそう何度も、言い聞かせるかのような、必死さで、丁寧さで、誠実さで、菊池風磨という人の心の深さを、その熱量を、信じずにはいられなかった。風磨くんは語り部だと私は思っていて、Sexy Zoneという物語を、世の中に向けてわかりやすく発信する、ちょっと浮世離れした個性の強い4人と世間というものを繋ぐことの出来るキーマンだと思っているので、これからも風磨くんが納得のいく言葉で、表現で、Sexy Zoneという物語を語り続けてほしいと思います。

さて、これだけ風磨くんのことを暑苦しく語っているし、担降りしそうだ、とけっこう本気で思っていたりもしたのですが、でも結局のところ、私はやっぱりどうしたところで健人担でした。コンサートが始まった瞬間からずっとケンティしか見てないし、ケンティだけを見てしまう魔法。だって健人担だから。本能で中島健人を求めてしまうのを許して欲しい…。

私はやっぱり健人担として、風磨くんが大好きで、シンメであることが羨ましくて、ケンティにあんな顔やこんな顔させられるのはこの世で風磨くんだけなんだっていう事実に時に滅茶苦茶に嫉妬してますが、だからめちゃくちゃに信頼しています。

 

本当はケンティのことを、この倍ぐらい語れたらよかったんですけども、私のカスみたいな語彙力では中島健人を十分に語ることが出来ないのが本当にもどかしくて、どうしようもない感じで、なんで本当に健人担をやってるのか、自分でもよく分かってなかったりもして、でもどうしても、私はコンサートという場所では、中島健人に魅かれてしまうのです。圧倒的に、引きずりこまれる。彼の纏う空気と、彼が描く世界に一瞬で攫われて、帰ってこれなくなる。

作家の朝井リョウさんは言いました。中島健人は信じてる神様が違う。その表現は、恐ろしいほど腑に落ちました。私は、中島健人を理解することが出来ない。私にはない価値観で、行動基準で、想いの強さで、純粋さで、この世に確かに存在する、でも存在する次元が違う、私にとって中島健人という人はそういう人です。きっと一生、理解することが出来ない。それはすべて私の想像の範疇の外にある。いつだってゴールで待っていてくれる人。たぶん、誰もそこまで辿り着かなくても、それが分かっていても、笑って、誰かを待ち続けられる人。その、果てがないように見える強さは、どこからくるの。

いっそ不器用なほど真っ直ぐに、命がけで、本気で、アイドルでいてくれるケンティに出会えて本当に良かった。ケンティを知ってから、私のジャニオタ人生は、格段に忙しくなりました、STY。

あなたがいずれ創り上げる、Sexy時代を一緒に生きる、そんな日が来るのを信じています。

STAGEツアー完走、本当におめでとうございます。お疲れ様でした!!!!!

 

溢れた音楽は、前にしか進まない【Sexy Zone STAGEツアーのこと】

ちょうど一年前、マリンメッセ福岡で、初めてSexy Zoneのコンサートに入った。めちゃくちゃ楽しくて、次のコンサートも絶対行きたいと思ったことを、今もはっきりと覚えている。

だって、予感があった。
ウェルセクコンで、perfect portionを歌い踊る5人を見ながら「あ、嵐の次に時代を作るのはこの子達だ」と、何の根拠もないけど、そう閃くように降りてきた瞬間があって。
確かめたかった。次の扉が開く瞬間があるとするならば、この目で見て、予感を確信にしたかった。
Sexy Zoneは、私の中でちょっと変わっていて、この一年でじわじわ好きを集めてきたグループだった。ジェットコースターみたいに一気に加速して落ちるように好きだーーーー!ってなるんじゃなくて、発売されるCDやDVD、一つ一つ作品を知るごとに、ちょっとずつ好きが降り積もってきたような感覚があって、このSTAGEツアーでついに溜め込んできた気持ちが溢れたように思う。


書きたいことはたくさんあって、ここでしんだ、というかオタクは漏れなくしぬしかない、みたいな演出が随所にあって、本当に全部見所で、ここを、ここも、これも見てくれ!!という気持ちと、ネタバレ見ずに入ったらさらに楽しいだろうから、なるべくみんなネタバレ見ずに入ってくれ、という相反する気持ちがずっとぐるぐるしているので、さらっと書くけど、本当に本当に演出が素晴らしすぎて、あのー、去年の風磨くんのソロコン「風 are you?」を見ながら、これいい…!と思った演出がごんごんぶち込まれてたのは本当にありがたくて、今回構成の指揮を取ったという風磨くんを初日から拝み倒して今に至ります。天才って安易に使いたくはない(その裏に絶対計り知れない努力があると思うから)けど、うっかり手放しに天才!と初日ツイートしてしまったくらい、彼の構成センスには脱帽です。

風磨ソロだけじゃなく、メンバーそれぞれのソロコンの良いところとか、特技をちゃんと活かせるシーンを風磨くんは作ってきてた。それが素敵だった。ケンティや勝利くんは楽器だったり、マリウスくんは英語だったり、聡ちゃんはダンスとか、たぶん、風磨くんの思うメンバーの良さっていうのを一個一個自信と期待を持ってこちらに提示してくれてるんだろうなと思ったし、それにそれぞれがきちんと応えることでSexy Zoneというグループの今が、ステージの上にどんどん浮き彫りになっていくようだった。
風磨くんは「何もないと思っていた何か」に意味を与えることの出来る人だと思った。ゼロの概念をこの世に作り出した人みたいに、ただ流れていく時間を可視化させ、観客の気持ちを上げてくスイッチにしたり、MCでちゃんとメンバーそれぞれに話すタイミングを渡したり、人や物に新しい役割や価値観を生み出す人、存在や居場所を作りだす人なんじゃないかなあと、名古屋公演中ずっと、そんなことを思っていた。「見えないけれど確かに存在するもの」記憶だったり感情だったり、そういうものの存在に対する感度が高くて、その割にわかりやすく照れ屋で、だけどそれを彼なりの言葉でストレートに伝えてくれるから、風磨くんの作る曲はあったかいと思う。そういうところがまた、人間臭くてとても好き。
風磨くんの構成の根っこにはもちろん、愛があったと思うんですが、風磨くんって自分にとっての内側と外側に明確な線引きがあって、内側のものは全力で愛すし守るけど、外側にはわかりやすく塩対応みたいな印象がずっとあってですね、まあ本人曰く反抗期でセクゾに対してふてくされてたのが、5年かけてやっとSexy Zoneというものをその内側の大事な箱に入れる事が出来たんじゃないかなと思っていて。だから、こっから俺はSexy Zoneを愛すし守るしこうやって一緒に戦っていきます!見てろよ世界!!という決意表明を受け取ったような気がしました。
あと、ケンティのキャラ立ちが凄すぎて今まであんまり注視してなかったんですけど、風磨くんも相当クセ強いよね!さすがケンティのシンメだなーと、恐らくですけど、あれだけクセが強い人がシンメでその人と並んでも食われないくらい存在を誇示しないと生き残れなかったのではと考えると、菊池風磨中島健人のキャラに対等であるくらいクセが強くならざるを得なかったんだろうなーと思うわけです。風磨くん曰く、がっつり仲良くなった今、これから、ふまけんはもっともっと面白い、他の追随を許さないシンメになっていく気がします。それは仲良しこよしとかそういうことではなくて、もっと、根源的で侵し難い無敵感のようなものが、二人なら創り出せるのではないか、と思うのです。だって、ジャニーズに入らなければ、絶対に出逢わなかった二人だと思うから、その意味をこれから体現していくのかなーと。ただそこに過剰に意味を見出そうとしてもダメだろうし、でも、コンサート中の二人を見てれば、もう何かが始まっているような気もして、すっごいわくわくしたなあ。

『音楽は戻らないよ。前に進むだけだよ。
一緒。
心が動いたら、前に進む。
好きになった時、人は過去から、前に進む』
ドラマ「カルテット」9話

今のSexy Zoneを見ていると、このすずめちゃんの台詞を思い出す。
5年の間に、ありすぎるくらいいろんなことがあって、ファンもメンバーもずっとどこか地団駄を踏んでいたような部分があって、でもそれがあのカラフルeyes発売以降、ゆっくり世界が回り始めて、全員の心が、音楽が、ちゃんと前に進み始めたように、私には見えました。

音楽は戻らない。
進み続ける。
Sexy Zone5人でしか奏でられない音楽をどうか、もっともっと響かせて、私の、誰かの、心を動かし続けて欲しい。


あーーー本当に楽しいしかないコンサート!
また全部終わったら、ちゃんと演出とか諸々含めた感想書くぞー。