私たちは、喜びへと舵を取りながら、ずっと一緒に旅をしてきた【嵐 5×20 4.27福岡公演】

ネタバレ絶好調超ですよ、奥さん!私はちゃんと言いましたからね!!

 

 

 

 

というわけで、行ってきました!5×20!!

いやー、泣いたね!! べしょべしょに泣いた。びっくり。まず、オープニングでぼろ泣き。デビューから一年ごとの五人の写真が流れて、その間に1、2、てカウントアップしていく数字が挟まれるんだけど、10を超えたあたりから、涙がぼろぼろ出てきて、ううっと嗚咽するくらい泣きました。

からの感謝カンゲキなもので、私はもう声を上げて泣くという笑 ね、10年前と同じ曲、10年前と同じように上から降りてくる演出。この果てしないエモさ、伝われ。

風磨君が東京公演を見学した時の感想を刹那ルに書いていて、二曲目から泣きました、って言っていたので、二曲目なんだろ?と思ってたら「Oh Yeah!」で、めちゃくちゃ納得した。自分のソロコンでやるくらい好きな曲だもんね。この曲、アルバムにしか収録されてない曲で、C&Rがあるでもないのに、よく生き残ったなといまだに思ってしまう。歌詞かな。歌詞がいいんだろな。もう一度あの日に戻るとしても、同じ道選ぶだろう、っていうね。なんだかんだ嵐の人たちも気に入っていて、10周年以降は高頻度で歌われてきた曲だよなあと、しみじみする。

 

トルメンタを聞けるとは思わなくて、びっくりして、でももうキャーとか言えなくて、唸るように「懐かしい……」とつぶやいたり。

 

ソロっぽいコーナーとして、メンバーが各々主演をやったドラマだったり映画だったりの主題歌を、その担当メンバーメインの演出で見せてくれたんだけど、これだけそれぞれが主演をね、やらせてもらえて、主題歌も当たり前のように嵐の曲がついて、でもそれって当たり前じゃなくて、本当にすごいことだよなって、改めて嵐凄いって思うんですよ。そこを離れ、後輩たちを今一生懸命応援している身としては、本当に、雲の上の存在だと思うんです。嵐担だった時には、全然、わからなかったんだけど。だって、メンバー一人一人にドラマなり映画なり主演作があって、そこに楽曲まで使用されるって!ねえ!!(興奮)

 

かと思えば、ザ・嵐コンっていう曲もちゃんと押さえられていて、潤君!!て心の中でスタンディングオベーション。Lucky manも、ハダシノ未来も、サクラサケも、きっと大丈夫も、後半のシングルメドレーはなんかね、聞きながら「あ、この次はこれだな」って分かるの。嵐コンとしての定番の流れっていうか、それはきっといつかのコンサートで聴いた、DVDで見た、そういう記憶のお陰だと思うんだけど、その気持ちよくハマる感じが堪らなかった。これこれ!キタキタ!っていうワクワク感がさー、もう分かってくれてるっていうさー。これが最高でなくて、何なのか。嵐コンだったらこれ聞きたい、がちゃんとある。定番がちゃんとあるってやっぱ大事。

 

 

 

5×20は、あのね、泣くよね。これは泣く。笑って今日を祝おうって言われて、それすら泣ける、っていう。やっぱりね、思い出があるから。10年分の思い出が。途中、自分自身のモチベーションの高い低いはあれど、見てきたことに変わりはないから。

 

10年前、2009年の9月18日。

ただ嵐に、相葉さんに会いたい一心で、ヤフオクドームにいたことを、私は、昨日の事のように覚えていて。九月だから、めちゃくちゃ暑くてさ。あの時はアリーナで、オープニングで登場した相葉さんが、フライングで飛んでいるのを、ただ呆けたように見上げたんだよね。

うわ、ほんとにいるんだ、って思って。リフターの上から、潤君が手を振ってくれたことも、その高さに驚いたことも、ちゃんと覚えてる。覚えてるよ。

あの日、自分が泣かなかったことも。ただただ楽しい!嵐に会えてうれしいって、それだけで会場を後にしたことも。あの頃はまだ、嵐にも嵐の楽曲にも思い出も何もなかったから。そりゃ泣けるわけもない。記憶を共有していない。エモいとか、感動するとか、やっぱりそこには、積み重ねてきた思い出がないとさ、ジンとはこないじゃん。嵐と自分の人生が紐づいてないから。

だから昨日、流れていく歴代の五人の写真を見つめながら、5×20を聞きながら、わんわん泣けたっていうのは、私が嵐を見つめてきたこの10年は、伊達じゃなかったってことなんだろうと思います。自分で言うのもなんだけど。

あの日、隣にいた友達はもう隣にはいなくて、私は一人で、ただ五人だけ、嵐の五人だけが、何も変わらず、ステージの上にいて、そう考えると、やっぱり翔さんの言うように、5という数字が変わらないで今日まで来ることが出来たことが、何よりも尊いと、そう思うよ。

 

あ、あと、アンコールの最後がhappinessだったんだけど、私が焦がれて止まないTimeコンのラストもhappinessだったから、永遠にあこがれ続けるあの日あの場面が、今ここに繋がったと感じて、こういう奇跡があるから、ジャニオタはやめられないな、とそんなことを思った。

 

 

 

十年前、嵐十周年のタイミングでファンになった私は、いわゆる永遠の新規というやつだった。

24時間テレビのニノからの手紙を見て、転がるように嵐に落ちたこと。

すぐに写真集とTimeコンのDVDをアマゾンで買って、friendshipを歌う相葉さんに衝撃を受け、そのまますとんと相葉担になったこと。

それから夜な夜な嵐ファンのサイトやブログ(当時は過去のツアーのレポを載せてるファンサイトがいっぱいあった)をチェックして、十年分の嵐をどんどん吸収したこと。

人生で初めて、本屋でアイドル誌なるものを買ったこと。なんかねー、それまで23年間、ジャニーズに全然触れてこなかったから、めちゃくちゃ悪いことしてるみたいな気分だった。はじめてエロ本買う男の子みたいな笑

ある日、嵐ファンのブログに相葉さんの舞台の情報が載って、慌ててファンクラブに入会したこと。自分がアイドルの、ジャニーズのファンクラブに入るなんて、そんなことあるなんて考えたこともなかったから。めちゃくちゃ緊張して、あの青い振込用紙にめちゃくちゃ一人で照れながら「相葉雅紀」って書いたこと。

仕事をやめて、地元に戻り、迎えた10周年のアニバーサリーツアー。

オーラスの名古屋、忘れもしない日曜日。特上カバチ!の初回放送日で、アンコールの一番最後で、最速でトラブルメーカーを歌ってくれたこと。

風景コンの年は全落で、友人から譲ってもらったチケットで大阪公演に入ったこと。そのことで仲間内で一悶着あったこと。チケットトラブルがトラウマになり、それからなんとなく一人で入る方がいいな、と思うようになったこと。

翌年、翌々年とイベントもコンサートも外れ続けたこと。アラフェスも結局一回も行けなかったな。国立に縁がない人生。これはね、でも、初国立はセクゾでって思ってるから!結果オーライ!夢が増えた!!

LOVEコンで久しぶりに自分の名義が息を吹き返し、初めて札幌ドームに行ったこと。

ハワイは日程と財布の都合上、無理ではと断念した。けど、映画館でのライブビューインが初めてあって、それに行った。初日だったっけ。挨拶で大野さんが泣いたこと。

デジタリアンは外れて、ジャポニズムは当たって、今思うとめちゃくちゃ金のかかったジャニワだった……とにかく龍だよね、ジャニーズといえば龍……。嵐に流れるジャニーズの血を感じたこと。

アユハピコンは外れて、そしてuntitled。song for youでべしょべしょに泣いたこと。

 その全部が、今日の私を創っている。

嬉しかったこと、悔しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、ジャニーズを好きで応援して、良いことも悪いことも、ジャニオタとしての禍福その全部を、嵐が私に与えてくれた。

 

 

 

 

拝啓 嵐の皆さま

嵐にとっての20年が最高の20年であったように、私にとってのこの10年も、やっぱり最高の10年でした。

5×20で「またここで君と逢えた」と歌われ、私はあの日からの10年を思いました。この10年のどの日に戻ったとしても、そこには必ず嵐がいます。

あの頃、家と職場の往復で、二十代前半にして早くも人生に行き詰まりを感じていた私に、私の家の玄関は、実は世界中のどこにでも繋がっていて、世界にはまだ見ていない美しい景色があって、私が本気で望めば、必ずそこに辿り着けることを、嵐は私に教えてくれました。

人の夢が叶うその瞬間というのは、斯くも美しく、儚いものだということ。

人は人の為に前に進もうとする時、こんなにも強くいられるのだということ。

夢は、一人で見ているうちは夢に過ぎないけれど、二人で見ればそれは、現実になるということ。

私から見れば、何でも叶えられてしまうように見える嵐の五人が、この道に苦しみなど存在しないかのように笑ってきた五人が、情けない事、悔しい事、あったけど、と歌えるようになった今、時代の移ろいと、培ってきた人としての厚みを感じ、私は改めて嵐のことが好きでよかったなと、思いました。

なにより、嵐の五人が、嵐のこれからを、誰よりも諦めていないことに、私はやっぱり嵐は今日も嵐だったな、と語彙力3みたいな、きらきらした感想を胸にこうして帰ってきました。

ぶっちゃけ、これが最後、人生最後の嵐コンになるんじゃないかと、そういう覚悟でいかなきゃだめだと、自分を追い込んでいたんですけど、まだ夢の先にいきたいんだ、みんなを連れていくから、これからもよろしくと、休止というピリオドのその先を、一番信じているのが嵐だったから、おかえり、といつかの自分が言えるように、これからも見つめ続けていこうと思います。そういう夢を、みさせてくれてありがとう。   

敬具

 

 

私たちはこれからも、喜びへと至る旅を続けていく。