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君の瞳が、泣き叫んでいた。


今朝、流れていくワイドショーを聞きながら、いつもより丁寧に化粧をした。

私には今日一日を乗りきるため、自分を奮い立たせるものが必要だった。

テレビの中に映るスポーツ紙の一面には大きく、田口くんの脱退を告げる記事が載っている。

現実なんだ。

頭の中で、誰かがそう言った。

これは、現実なのか?

昨日からずっと問いかけている別の自分が、それを秒速で打ち消そうとする。

どうして。ぐるぐるとその言葉ばかりが頭の中にあった。どうして、なんで、どうして。でも、どんなに問いかけても、彼はきっと答えてくれないし、彼が答えても、答えてくれなくても、世界はどんどん先に進んでいく。泣き喚きたいのか、怒鳴り散らしたいのか、分からなくても、お腹は減るし、心臓は鼓動するのを止めてくれない。君がいなくなることが決まった世界で呼吸することはとても苦しくて、でも君がまだ笑ってくれるかもしれない世界はどうしようもなく美しい。

 

 

10月29日。

まっさらな郵便局の振込用紙。

「KAT‐TUN 田口淳之介」と、お世辞にも上手いとは言えない字で書いた。でも、出来るだけ丁寧に書いた。それはもう、ウキウキしながら書いた。

だって、春にはコンサートがあるのだ。そこで私は、貴方のうちわを持って、貴方のダンスを、私を一瞬で虜にした、あのダンスを見るのだ。見れるのだと、信じて、当たり前だと思っていた未来は、実にあっけなく、私の手から、私たちの手から、零れ落ちていった。こんな今日を、誰も想像しなかったし、誰も願わなかったはずだ。

 

 

翔さんが、神妙な顔つきでKAT‐TUNからお知らせがあります、と言った時、これは良くないことだ、と思った。

田口君が、KAT‐TUNを辞めますと言った。事務所を退所しますと言った。実感なんて一ミリだってなかった。こんな時、涙なんて流れない。亀梨君が、今にも泣き出しそうな顔で、震える喉を、なんとか宥めすかしながら喋っているのを見て、ああ、誰か、お願いだから、止めてやってくれと思った。もう喋らなくていい。謝らなくていい。私はそんなことが聴きたいんじゃないんだ。そんな震えて消えてしまいそうな亀梨君を見たくていま、テレビの前にいるわけじゃない。

こんな気持ちを知るために、田口君、君を好きになったはずじゃなかったのに。

 

番組が流れていく。意識の上を音が上滑りしていく。

私はテレビを消した。ぐるぐると狭い六畳間を歩き回って、ツイッターをただ眺めているしかなかった。観覧のレポが流れてきて初めて、中丸君が泣いていたことを知った。

 

中丸君が、泣いていた。

 

そのことを認識した瞬間、さっきは流れなかった涙が、一息にぽろぽろと零れ落ちた。もう一度、確認せずにはいられなかった。録画を再生する。もう一度、彼らの言葉を聴く。

さっきは吃驚して何も分からなかったけど、田口君は、覚悟を決めた顔をしていた。それはもう決然と前を向いて、その眼差しには一点の曇りもなくて、ああ、この人はもう、決めてしまったのだと思った。もう戻ってきてはくれないのだと、分かってしまった。

さっきは見ているようで見ていなかったパフォーマンスを見た。亀梨君は音を外していて、上田君の声は泣いていた。中丸君は。

中丸君は、ぜんぜん、まったく、踊れていなかった。そこに私が好きだった市ヶ谷のダンスはなかった。長い手足で、ダイナミックだけれど優雅に踊る、中丸君の洗練されたダンスは、どこにもなかった。まるで自分じゃない体をなんとか動かして、一生懸命倒れないように、必死にそこに立っているみたいだった。今にも踊るのを止めてしまいそうですらあったのに、最初見た時はそのことにすら気づかなかったことで、私は私が思っているよりも自分が動揺していたのだと思い知らされた。

中丸君の顔がアップになって、彼の瞳が映る。いつもは感情の一つも浮かべない、死んだ魚のような目と揶揄されることもある瞳。その瞳が、画面の中、たくさんの星を浮かべて、誰よりも、強く、泣き叫んでいた。

ねえ、田口君。ねえ。中丸君が、泣いてるよ。こんなにも、声にならない声で泣いてるよ?

 

 

空っぽだ。

今の気持ちに一番近いのは、これだ。

もっと田口君に対して、怒りがあればよかった。

死んでしまうと思えるほどの、哀しみがあればよかった。

でも、どうしてだろう。

今は田口君のことを思っても、何も感情が浮かばないんだ。おかしいよね。君の決意に満ちた顔よりも、今にも泣き崩れてしまいそうだった亀梨君の顔ばかり頭に浮かぶんだ。君の歌声よりも、震えて掠れて、消えてしまいそうだった上田君の声ばかり思い出す。アイドルとして、社会人として、その責務を果たそうと、カメラの前、最後まで踊ることを止めなかった中丸君の、泣き叫んでいた瞳ばかり思い出す。

ああ、ねえ、こんなにも、わたしはこの人たちを好きになってたんだ。

四人のKAT‐TUNを、好きになってたんだよ。

今の時点で、辞めることの理由が何も出てこない以上、君はもうそのわけを、私たちに教えてくれることはないんだろうね。教えられたところで、わかった、なんて頷けるはずもなくて、でもどうして、なんでこうなったんだろうって、理由が欲しくて堪らない私は、愚かにも、こう思い始めている。

私の想いが、足りなかったんじゃないかって。田口君がアイドルを続ける理由にするには、私の想いが足りなくて、あるいは、田口君を次の世界へ押し出そうとする力の方が、田口君を好きだと思うこの気持ちより、ほんの少し、強かったのか。

ねえ、君をステージに繋ぎ止めるには、あとどれくらい、足りなかった?

 

ちょうど一か月前。

私はKAT‐TUNのことを、揺るぎない旗印なのだと書いた。

でも、違った。あれは外野の戯言だと、私はあの時の私に言いたい。

KAT‐TUNは、決して完全無欠のアイドルじゃない。アイドルである前に、一人の同じ、血の通った人間だ。人生の半分以上を一緒に過ごしてきた存在が消失する事態に、揺らがないなんてこと、あるはずがなかった。この世界の誰よりも動揺し、誰よりも傷つき、誰よりも途方に暮れていた。

もしかすると、もしかしなくて、今までだってこうして何度も、傷ついて、立ち止まって、それでもなんとか、支え合って、手を取り合って、立ち上がってきた四人だったのだ。もしかするともう、四人で掲げるには重すぎる旗だったのかもしれないとさえ思う。遮るものもない、逃げ場など最初から用意されていない舞台の上、照明に照らしだされ、今にも消えてしまいそうだった彼らを目の前にして、どうにもならない現実を前にして、自分の無力と、無知を、これでもかと思い知らされた。

すみませんと何度も頭を下げる亀梨君を前にして、もう謝らないでと思いながら、それでも、強欲な私は、結局彼らにKAT‐TUNを辞めていいよなんて言えなかった。そうだ、私は強欲だ。いつも、アイドルにたった一つ、願いを叶えてもらえるなら、何を願うか。ふとした瞬間に考える。いつも答えは決まっている。一生、アイドルでいてください。なんて罪深い願いなんだと思う。一生アイドルでいてください、なんて。それは、貴方の残りの人生を全部下さいと言っているのと同義だ。捧げられる人ひとりの人生と見合う対価なんて、何も持ってやしないのに。与えられやしないのに。でも、私は彼らに、私の愛してやまないアイドルという存在に、いつだって、そう願ってしまう。

どんなに不様でも、惨めでも、たとえ這い蹲ってでも、その掲げた旗を、どうか、降ろしたりしないでくれと、まだ飽きもせず、こいねがってしまう。

足りないんだったら、持っていってくれ。私の人生の、アイドルを応援する意味、アイドルに向かう、私の全て。ぜんぶ、持っていけ、KAT‐TUN。旗を掲げて。もう一度「ついて来い」って言ってよ。