名古屋旅行記
1/31~2/1にかけて、〇年ぶりに名古屋まで遠征したのが楽しかったので、備忘録的に書いとこうと思います。
今回の旅程はこちら↓
9:00 福岡空港発
10:10 セントレア着
10:30~11:30 名古屋駅へ移動
ホテルへ一旦荷物を預けにいく
12:15~ ランチ
13:30~15:00 熱田神社
15:00 ホテルにチェックイン
17:30までにIGアリーナへ
18:00~「CXM DOUBLE UP LIVE PARTY」公演

終了次第、名古屋駅で晩御飯
(翌日)
12:00までにセントレアに移動してひつまぶしを食べる
13:50 セントレア発
15:20 福岡空港着
ちなみにおおまかな目的地だけ投げて(神社行くとかひつまぶし食べるとか)タイムスケジュールはchatGPTに組んでもらった。便利。
初日。
予定通り福岡空港を離陸し、セントレアへ。実はセントレアを使うの初めて。これまではFDAで小牧空港に飛んでたんだけど、アクセスがバスしかないのと、もう料金がそこまで安くもないので、セントレアでいっか☆になった。
特急に乗ってもそこそこかかる移動時間に怯える。遠……いや、わかってる。福岡空港の近さが異常なだけ。
一番早いのはミュースカイっていう特別車だったけど、席が全部指定で指定席料金450円かかるのに早速日和る……急ぐわけでもなし、もったいないかと思い、準急列車で一時間くらいかけて名古屋駅へ出る。
最後に名古屋に遠征したのは、記憶が正しければセクゾ5周年コンサート(2017年)の時なので、実に9年ぶりのこと。名古屋駅で早速迷子になって右往左往する。
なんとかホテルに辿り着き、荷物を預けて、予約しておいた店でランチをいただく。
一魚魚一 (いちうお といち)のご予約 - 近鉄名古屋/寿司 | 食べログ

このランチのいなりずしが食べたくて。
美味しかったけど、若干味が濃いな…と早速名古屋の洗礼をくらう。
一人なので、カウンター席でちゃっちゃと食べて13時くらいには店を出た。
そこから電車で熱田神社へ。神宮前駅を出るとなんかおしゃれな飲食店街があり、帰りにちょっと見て回るか~と思いつつ、神社へ。
熱田神社も今回初めての訪問。一月の土曜なので、まだまだ参拝客も多かった。

お参りを済ませたら籤を引いて、いざ宝物館へ。
熱田神宮 宝物館|熱田神宮 宝物館 / 剣の宝庫 草薙館 | 初えびす 七五三 お宮参り お祓い 名古屋
宝物館については事前に調べてあったので、500円払って中を見る。プラス300円で刀剣の館も見られたけど、刀にそこまで興味なかったので、とりあえず今回そちらはパス。
建物は外から見た感じ小さいな、って思ったけど、中はけっこう広かった。展示物は月替わりらしく、行った時にはすでに2月の展示になっていた。何某公からの書簡とか、なんとかの写本とか、屏風とか。人もほとんどいなくて貸し切り状態でゆっくり見て回れてよかった。
個人的に一番よかったのは南極の石。廊下の途中にでんと置かれていて、とくに囲いとかもされていなく、触ろうと思えば触れるような展示だった。いいんか? 石自体は堀ったとかではなく、流氷に乗って昭和基地の近くまで流れてきたのを回収したもの、とかなんとか書かれていた(撮影禁止だったのでうろ覚え)
生きてる間に南極の石を見ることがあろうとは、と薄暗い廊下で一人感激する。


これは外の入り口脇に何の気なしに置かれている大砲。
一通り見終わり、神宮前駅へと戻る。熱田神社といえばきよめ餅らしく、近くの茶寮でいただけるとのことだったが、まだ昼飯の余韻がだいぶ腹にあったので、どこにも立ち寄らず名古屋駅へ戻る。
まだ15:00前でチェックインできないため、高島屋へ。
そこそこ疲れた+やっぱり甘いもの食べたいな、の欲に負けてぜんざいを食べる。

そうこうしていると15時を過ぎたのでホテルへ。
スマホを充電し、16:30頃ホテルを出る。IGアリーナへは電車で15分ほど。
最寄りが名城公園駅で、そのまま地下道を通ってアリーナの側まで出られるので迷う心配はなし。
駅を出ると、どこからどうみてもこれは隈研吾が作りましたね?!という外観の建物がお目見え。

今回は二階席だったので階段をあがって二階の入り口から入場。席幅も広めでめちゃくちゃ見やすかった。スタンドは4階席まであって、さすがに4階はかなり高そう&急勾配に見えた。
CXMこと、エスクプスとミンギュは、まあメロかったです。

退場後、駅で電車待ってる時にウィバスライブが始まり、俺らまだ帰ってるところだが?!と思ったら本人たちも帰りの車の中から配信してた。短い時間でも配信してくれてありがとうの気持ち。
名古屋駅には21時前には着いたはず。そっから、味仙に行ってみたくて名古屋駅に入ってる店舗に行ったんだけど、まあ並んでる!でもせっかく来たし、と思って30分並んで入った。

台湾ラーメン(アメリカン)と青菜炒めを注文。まだ食べたい…チャーハン…と思ったけど、さらにチャーハンを一人で食べきれる自信がなく断念する。
さりとておなかは減ってるので、ホテル前のコンビニで菓子パンを買って部屋で貪ってしまった。公演後、ホテルの部屋でひとり食べるコンビニ飯も好きだったので、これはこれでよしとする。
次の日。なぜか六時くらいにクラシックな音楽が部屋のスピーカーから流れ、目が覚める。そのまま小一時間くらいベッドの中でごろごろしてたけど、無料の朝食を食べに一階へ。
これで有料だったらへこむけど、無料だから許せるな…という内容の朝食をいただく。
昼のひつまぶしに備えて軽めに済ませ、部屋に戻って前日の公演のレポやら写真を漁りつつ、ごろごろする。
9:30くらいにホテルをチェックアウト。
それでも移動するにはまだ早すぎるため、名古屋駅のPRONTOで時間をつぶす。なぜか開店前の高島屋にめちゃくちゃ人が並んでいた。高島屋で一体何が……。
帰りはセントレアまでミュースカイに乗ってみよう!と思い立ち、ウェブで指定席券を購入。乗ってみると、これで450円?!いいの?!という快適さだったので、次からは絶対ミュースカイに乗ります。
セントレアではまるや本店さんでひつまぶしをいただく。

この店舗限定の冬のひつまぶし御膳。一日限定30食だそう。
ひつまぶしはもちろん、揚げ物と蒸し物も非常に美味しかったです。
人生初ひつまぶしでした。多いかな?と思いきや、味変のおかげかぺろっと食べてしまった。
次に名古屋来るときは、うな富士さんのひつまぶしを食べたいぞ。
はらがはちきれそう…と思いながら、保安検査を通過し、あとはのんびり搭乗待ち。
定刻通りに飛び、福岡上空でちょいと待たされ、無事帰宅。
久しぶりの名古屋、めちゃくちゃ満喫した。
次がいつになるかわかんないけど、また遠征で来れたらいいな!
そして、歌舞伎だけが残った【映画「国宝」感想】
見たいなー。でも三時間かー。なげーな……と思い続けて早三か月。
やっと見てきた映画「国宝」いやー、見てよかった。大正解、大満足。あんまりにもよかったので感想を書いておく。
以下、ネタバレあり。まだ見てないけど見る予定の人は気をつけてください。
続きを読む
「またね」って言葉の儚さ 叶わない約束 いくつ交わしても慣れない(2025.2月の記憶)
二月あっという間に終わったね……ということで振り返り。
寒波やべえのなんのって
いや、わかってる。北国に比べたら九州の寒波なんて涼風みたいなもんだって。
でも雪になれてなさ過ぎて、積雪=終わりという気持ちまである。数センチの積雪で動かなくなる可能性のある交通機関。アイスバーンの道路を歩く恐怖を抱えてまで向かう職場。なぜ……社畜辛すぎる。
今冬一番の寒気がやってきて、平野でも2、3センチ積もるぞ~!どうする?!と散々脅されたけど、実際はそこまでなかった。よかった。命拾い。もう冬は満喫した。
タイプロ終わっちゃったじゃん
猪俣、生き残ったね!!やったーーーー!!おめでとうおめでとう!!!!!!今すごくハッピーに過ごしてる。
新メンバー決まって、なんやかんやあって、あーだこーだいろんなとこから言われて一通りの喜怒哀楽を感じた一か月だった。
新メンバー決まってからの生配信の日。風磨くん、めーっちゃ緊張してんね、って思ってた。原ちゃんに対する構い方も、昔のちょっとやんちゃだった風磨くんって感じで、それってすーごい久しぶりに見た。それで、だから、「うわ、緊張してるんだなー」って思って、がんばれーって祈ってた。それだけ。あと猪俣が変なこと言わないか気が気じゃなかった。これは今後も気が気じゃないと思う。
それで、だから、次の日くらいにもう、いじりがどうのって話になってるの見て初めて、え?そんなことありましたっけ?って感じだった。世間とのギャップよ。お花畑ですみませんね、どうも。
あのやり取りで原ちゃんがどう感じたかって、原ちゃんにしかわからないので何とも言えないけれど、少なくともわたしはあの場で風磨くんのあの発言は正解だったと思うし、仮にもし原ちゃんがあれで不快な思いしてたら、裏でちゃんと「やめて」が言える人だと思うし、そういう気の置けない間柄だと思うからあんまり心配してない。正義を振りかざしていろいろ言うのは自由だけど、それを見て傷つく人もいるんですよここに!と声を大にして言いたいし、その傷ついた私の気持ちにはどう責任取ってくれるんですか?という気持ち。
褒める時はみんなの前で、叱る時は一対一でこっそりとって社会人になった時に習わなかったんだろうか。もし本当に風磨君のためを思って、改善してほしいと願うなら、それはSNSなどではなく、事務所の窓口にこっそり送るべきではないのか?容姿について言及したことで、不快な気持ちになった人がいるのはわかるし、それに関してはごめんだろうけど、それをSNSっていう場所で言っていいかどうかって言うのは、また別の話でしょうってこと。
マジでXってクソだなー。クソだけど、ログインしちゃう。ツイ廃だから(完)
良くも悪くも注目されてるねーって思う。毎日思う。これってすごいことだ。毎日のようにtimeleszっていう文字をどこかで見る。良い記事も悪い記事も増えた。でも世間をにぎわせてるのは間違いない。タイプロ、成功したねって思う。素敵な仲間ができたのもそうだし、世間に注目してもらって、認知度が上がって、楽しみが増えて、大成功だねって思う。
このグループでよかったと思ってもらえるように、これで正解だったと思ってもらえるようにって、何度も言ってくれるけれど、でも私は、風磨君や勝利や聡ちゃんが「家族」と呼んでいる時点で正解だと思ったし、このメンバーでよかったなって思ってる。楽しそうでよかったなって。オタクはアイドルの楽しそうな姿が好きなんだよ。幸せでいて欲しいんだもの。
個人的タイプロ名場面
・最終審査「RUN」で涙ぐむ猪俣を力いっぱい抱きしめる大夢
・五次審査「また、みんなでやろうね」って言って泣いた寺西
・五次審査のロイのパフォーマンス
最終審査の結果発表の時、一番に呼ばれた将生が秒で泣いたときに「ああ、この子がタイプロのヒロインだったか…」と思ってしまった。うまくいえないけど、守ってあげたくなるタイプな気がする。猪俣はこっちをハラハラさせるけど、本人は飄々と笑顔で世の中を渡っていくタイプ。タイプロの象徴であり主人公は篠塚。
これからもなんやかんやあるだろうけど、なんにもなくひっそりと終わっていくグループじゃなくなってよかったなって思ってる。
まあ今後、色々うるさいことが起きても、起きるだろうけど、ぜんぜんフルシカトで生きていく所存。
「外野の言葉はシカトする!」って櫻井パイセンもAttack it!の中で仰ってますし。
ねー、ツアーのお知らせまだ?
目の前のすべてがぼやけては溶けていくような(2025.1月の記憶)
去年毎日手書きの日記をつけてたけど5月あたりで挫折したので、今年は一か月ごとになんかまとめてみようと思いました(決意表明)
2025年。風邪を引いたまま年を越した。変な咳がいつまでも続いて辛かった。
Duolingoでやっていた韓国語のレッスンが最期まで終わってしまった……これで終わりなの?という肩透かし感がすごい。次はどうしようかって悩みながらデイリーレッスンをこなしている。韓国語できるようになった感はあまりない。相変わらず推しが何を話しているのかわからないし、なんなら推しが日本語を習得するスピードの方が速くてビビってる。
突然、quizknockにハマった。きっかけはこの動画。
韓国語の勉強法について調べてたら言語つながりのせいか、ふわっとXのおすすめに流れてきて見てしまった。
いや、言語ってこんなにサクサク習得するもの?!?!なのか?????
覚えたてのオランダ語でがんがん話しかけていくのもすごいし、この人何……こわい(畏怖)
というところから、これがあの東大王で有名な伊沢さんとこのquizknockか~となるのであった。ていうかそれしか知らなかった。quizknockってなに?と思いながら止められない視聴。忘れていた知への好奇心。頭のいい人たちの会話ってそれだけで面白いしためになるし、世界のことが分かってくるし、最高。
個人的に一番好きなのはquizknockと学ぼうの方のチャンネルで熱力学について熱弁を振るう動画
マジで物理って面白いの。すごく好きなの。現役時代、問題ぜんぜん解けなかったけど、マジで世の中の事象を実験によって再現し解明しようという人類の飽くなき努力の結晶すごいリスペクトもっと話を聞かせてくれ!になってしまう。
学問ってなんでもそうだけど、突き詰めていくと我々人類はこの世界のことをまったくちっともわかってないんだな…っていうことがわかるのですごい。
わたしも今から熱力学やってもおもろいかも…と思わせてくれてありがとうquizknock。
タイプロ、めっちゃおもしろくなってきた!
特に12話の候補生座談会ぐらいから、ぐっと候補生の存在が身近に感じられるようになって面白くなってきた感ある。
実はそれまで、まーじで見るの辛かった。共感性羞恥がすごくて、困ったりあわあわしてる候補生とか見て胃が痛い…みたいな気分になったりして、でも見届けなきゃ…!という半ば義務感で見てたんだけど、12話ともなればいよいよメンバーが絞られて、同時にそれぞれが磨かれてパフォーマンスとかもすごくよくなって、今やってる5次審査はめちゃくちゃ楽しく見てる。
特にこの動画を見て以降、それまでノーマークだった猪俣くんが激熱になってる。努力が半端ない候補生ランキングで一位になってる猪俣くん。周りのチームメイトが最終的に聞きすぎて耳をふさぐくらい自分のパートをずっと練習してた猪俣くん。一位に選ばれてやったー!って素直に喜べるところも含めて、うわ、好きかも、と思ってしまった。頼むから最後まで選ばれて欲しい。努力報われろ。
原神、ナタ編の魔神任務がよすぎて号泣
実はリリース以降、やり続けてる唯一のゲームが「原神」なんだけど、ナタ編のクライマックスに至るまでが超良くてプレイしながら泣いた。わたしたちは一人で戦ったりしない!激熱……フォンテーヌ編はいまいち…だったんだけどナタ編はずっと面白くてよい。風邪でダウンしてる間、あんまりログインできなくて、シトラリもマーヴィカも結局引けずに終わってしまった。シトラリほしかったなー。リオセスリまでガチャ禁する。
全体的に振り返ってみると、動画見てるかゲームしてるか、って感じの1月だった。
とにかく健康を損なうと推しを追うのも命がけ…になってくるので、健康第一を二月の目標にしたい。
二月中にはタイプロも終わるのかな? timeleszが今後、どんなチームになっていくのか楽しみでもあり怖くもあり、正直その結果次第でけっこう今後の自分の身の振り方も変わってくると思うのでドキドキしている。
フジテレビぜんぜん大丈夫じゃなさそうで怖い。未来に何が起きるかなんて誰にもわからないし、確かなものなんて何もないから、やっぱり後悔しないように推しは推せるときに推すしかないのかもしれない、ということを改めて思うなどした。
失われる物語について

あの日から、身の内から湧き出る思いは、いつまでも濁ったままだ。
わたしはわたしをどうすればいいかわからず、ずっと途方に暮れている。
あの日、が果たしていつを指すのかというと、それは2024年になって8日目のことだ。
わたしは、ケンティーがSexy Zoneを抜けるという知らせを受け取って、「ああ、終わるのだな」と思った。
何が、ではなく全てが。わたしが信じてきたもの、信じたかったもの、これから先に夢見た全て。ふまけんという唯一無二の美しい物語が、終わるのだと思った。
こうなってみて、じっくりと中島健人というアイドルについて考えてみると、わたしは健人担を名乗りながらその実、ふまけんにしか興味がなかったのかもしれない、ということに気づいた。
ふまけんが、ふまけんのことを、意識しているのが好きだった。自分たちに寄せられる期待や、羨望や、邪な何か、清濁全てを知ってなお、私たちにここぞというときに見せてくれる背中合わせの姿が好きだった。
ふまけんが背中合わせになる時、その瞬間、世界は完璧になるとさえ思っていた。全てが二人を輝かせるための舞台装置だった。二人の背中の間に、決して交わらない視線の先に、未来や永遠があるのだと、信じて疑わなかった。
ああ、わたしは、「ふまけん」の物語をずっと読み続けていたかったのだ。
終わりさえ、想像しなかった。愚かにも。
ふまけんがふまけんのことを何よりも大事に思っていたと信じたい。誇らしく思っていたと信じたい。
ふまけんの間に、他の誰の物語も必要なかった。だから、風磨くんがあの日ラジオで言った言葉で、わたしはふまけんに叩きのめされて救われた。令和最大級のふまけんだったし、今後100年現れない奇跡のシンメなのだと思い知って、それが故にもう何も言えないのだと気づいた。部外者が、何を、どんな言葉で伝えるというのか。引き留められるというのか。
あの、菊池風磨にできないことを、誰が。
そうか。これまでの日々は、ただ毎日が奇跡だったのだと思い知る。
彼が見せたいものと、わたしがみたいもの。それらがたまたまイコールで結ばれていたというだけの。
すれ違って初めてそのことに気づくね。
ずっとふまけんの物語を読み続けたかった。
わたしは、新しいアイドル像なんてどうでもよくて、グループの名前や体制が変わることもどうだってよくて、全部好きにしたらいいよ、と思う。
二人が隣にいないのなら、その先にある結果が世界的な成功であれ、夢の達成であれ、国立競技場での公演であれ、わたしには何の価値もない。それはわたしの見たい物語では、もうない。
どんな時も、あなたの全てを、肯定してあげたかった。(物語が続く間は)
わたしがふまけんの間に、どれだけの夢を見たか、あなたは知らないでしょう?
あなたが風磨君を見る時、あなた自身がどんな顔をしていたか。あなたがどれだけ無垢な顔をしていたか。無邪気だったか。幼かったか。アイドルではなく、ただの中島健人としてそこにいたか。
わかるはずがない。わかるはずがない。わかるはずがない。
あなたがどれだけ幸せそうな顔で笑っていたか。誰にも見せない顔で、風磨君と笑っていたか。
わかるはずがない。
全部、呆れるほど美しかったなあ。
世界を置き去りにして、輝きながら走り去っていった、いつかの流れ星はあなたたちだった。
結局ふまけんかよって、あなたは思うだろうか。思えばいい。事実、わたしにはそうだった。
馬鹿みたいだって笑えばいい。それ以外の仕事はどうだってよかったのかよって怒ればいい。
どうだってよかったよ。何だってよかったよ。
ふまけんの存在に比べれば、それ以外は全部些事だよ。
それだけの価値があったんだ、わたしには。
理解しなくていい。わかるなんて言うな。誰も。
わたしの痛みは、わたしだけのものだ。
もう行かなくてはいけない。お互いに、進む方向が違うと気づいてしまったからには、一緒には行けないけれど、でもそれは、不幸では決してない。
振り返れば美しかったと、いずれ笑う日がくるのだろう。その日までただ胸が痛むというだけ。
まだ足取りが覚束ないのは、幸せだった日々の欠片がまばゆくて目が眩むからだね。
ただ、わたしが続くことを切望した物語は、永遠に閉じられるというだけ。
そう言い聞かせてみるだけ。
痛いね。
失うことは痛いことだね。
痛く無くなる日がくるのかはわからないけれど、まだ人生は続く。
それも今はただ苦しい。
ぜんぶ、一生懸命生きていたからだよと、わたしたち、100年後に笑って死のうね。
さようなら、嵐 / 拝啓、嵐の皆様へ
「さようなら」という日本語が好きだ。さようならほど美しい日本語はないんじゃないかと思うから。
「さようなら」の語源は「左様ならば仕方がない」である。
そして「左様ならば仕方がない」とは「あなたとは別れたくないけれども、そのようにのっぴきならない理由なら(左様ならば)仕方がないけど、わたしたちここでお別れしましょう」の意だ。
さようならは、こうした惜別の思いがぎゅうぎゅうに詰め込まれた言葉だ。
今日わたしから嵐に贈る言葉は、だから、「さようなら」しかありえない。
NETFLIXで配信されていた「ARASHI’s diary Voyage」
実は今年の途中から個人的な理由で見なくなっていた。それというのもコロナのせいで、あらゆる現場がなくなっていた時期に、5×20の映像をVoyageで見たら引くほど泣いてしまったからだ。
ああ、もうこんなコンサートできないのかもしれないと思って泣いて。
こんなにたくさんの人が集まって、声出して笑って泣いて、こんなことが一年前にはできていたなんて奇跡みたいだ。奇跡だったんだ。そう思って泣いて。
見るのがとんでもなくしんどいコンテンツになってしまって、しばらくVoyageからは離れていた。
またぼちぼち見始めたのは、個人のソロインタビューがメインになり始めてから。
コンサート映像がないとはいえ、それでも、さすがにJun’s diaryには耐えがたい苦しさと愛おしさがあった。
本当なら今年の11月、嵐はアメリカでコンサートをしているはずだったのだ。
そのために一年前から仕込んできたあらゆること、Turning Up、各シングルの英語ver配信、最新デジタルシングルParty Startersに至るまで、あらゆることの文脈が崩れ、台無しになる中、それでも前に向かって、2020年の終わりに向かって進んでいこうとする潤君の姿に、なんというか、感動を飛び越えて畏怖のようなものすら感じたように思う。
不屈の意志。不変の愛。僕はエンターテイメントの力を信じていますといっていた、2008年の松本潤。その志がすべて集約された今日、2020年12月31日。
嵐は活動を停止する。
あの発表から二年もあったのに、全く全然実感がない。実感もないけど不安もなかった。嵐からの愛を疑う余地もないほど、愛されていた。それだけがわたしにとっての真実ですべてだった。
美しい終わりに向けて粛々と閉じていくと思っていたわたしの予想を裏切って、嵐がこの二年でやってきたことはひたすら挑戦、挑戦、挑戦だった。嵐が誰より嵐を諦めていなかった。それはわたしが2008年のあの日、転がるように好きになった五人と何も変わっていなかった。
嵐が嵐である限り、わたしはきっとこの五人のことが好きだ。そう閃くように思ったことを、今も思い出す。嵐が嵐である限り、嵐らしくある限り。嵐らしさなんて、いまだに言葉に出来ないんだけれど、それは分かる人にだけ分かるものでしかない。見つめてきた人にしかわからないもの。
アイドルを応援していくうえで経験するあらゆること、あらゆる喜怒哀楽、不安や葛藤、あらゆる困難、奇跡のような瞬間、そのすべてをわたしに最初に教えてくれたのは嵐だ。嵐を通じてたくさんの友達ができたし、いくつかの友情を失ったりもした。
嵐はわたしの夢であり、目標であり、先輩であり、同僚であり、友人であり、兄弟であり、誰よりも遠く、何よりも近く、一緒にいてくれた人生の一部だった。
VS嵐や嵐にしやがれ、十年以上続いた番組が最終回を迎える度にTwitterのTLには寂しいという文字が並んだ。嵐のファンじゃない自分たちがこんなに寂しいのだから、嵐のファンの人はどれだけの寂しさか、という言葉も何度も見た。さすがに、わたしの妹(非ジャニオタ)からもラインが来るぐらいだった。
寂しさなんて、今はまだない。寂しいだけで済ませられるなら、どれだけ幸せか。
わたしは嵐にしやがれの最終回、感謝カンゲキ雨嵐を歌う五人を見て、めちゃくちゃ泣いた。嬉しくてじゃない。悔しくてだ。何で自分は今ここでテレビ越しにこれを見てるんだ、どうして直接会って、目の前で嵐!ってC&R出来てないんだって、コンサートがやれない現実に猛烈に怒りが込み上げてめちゃくちゃに悔しくて泣いた。どうして、こんな、最後に力いっぱい名前を呼んであげることもできないなんて。こんなのってない。
これからくるのだ。ぜんぶ。寂しさも、喪失感も、きっとこれから、ぜんぶくる。嵐ファンは大丈夫だけど大丈夫じゃないんです。消化して受け入れる、その時間がこれから必要なんだと思う。嵐が今日までどれだけ手を尽くしてくれたか、わかっています。でもそれでも、それを受け取って処理するはこちら側の責任だから。こればっかりはどうしようもない。
今日のオンラインコンサートが終わったら、お互いどんな気持ちになるんでしょうね。
結局、失効させる勇気の持てなかった嵐ファンクラブの会員資格。昨日更新してきました。
08年に入会したわたしの番号は33万台。当時はこの数字ですらとてつもない数字だと思っていたのに。
本当にいろんな夢を見せてもらいました。CMが一つ決まる度、大騒ぎだった頃を懐かしく思います。最終的に国の式典で歌まで歌わせていただくようになるんですから、本当に人生何があるかわかりませんよね。
それでも、どんなにすごい夢を見せてもらっても、すごいことを成し遂げていても、わたしがいつも嵐の五人と見たかった夢はコンサートでした。コンサートで一緒に遊ぶこと。ただそれだけが、わたしがどうしても叶えたい夢で、どうにもうまくいかない夢でもありました。会えなかった年も少なからずあったし、そのどん底から這い上がるやり方も、全部嵐に教わったように思います。
今はこういう状況で、どん底の底が見えない状況ですが、それでもなんとかやれているのは、やっぱりそういう経験があったからだと思います。
いいこともわるいことも、高く昇っていく時も、こうして降りていく時も、その全部の景色を見せてくれて、手を引いて歩いてくれて、ありがとうございました。
巷ではいついつ再結成なんて、まことしやかにささやかれたりもしていますが、わたしは五人のやりたいようにやってくれたら、それでいいと思っています。だから、期待されてるからまた集まらないといけないなんて、思わないでください。そんなプレッシャー感じながら、生きないでください。自分の望むようにやってください。皆さんの人生は、皆さんそれぞれのものです。集まりたければまた集まって、コンサートをやりたければ駆けつけますからいつでも言ってください。でももういいや、って思ってもいいんです。だって、もう一度なんて考えられないくらいいつだって全力で、全てで、嵐でいてくれた五人ですから。ただどうか、健康にだけは気を付けてください。
どこにいても、何をしていても、誰を思っていても、幸せでいてください。絶対に。
わたしもそうなれるように努力します。
では、本日20:00。画面の前でお会いしましょう。