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点と点を結んで生きる 【2016年まとめ】

日常のあれこれ 現場感想2016

私は「一人」が好きだ。

休日も大抵一人だし、映画もご飯も一人で行くし、遠征だって一人で札幌ドームまで行った。誰もいない静かな部屋で、大好きなアイドルのコンサートDVDを見たり、本を読んだり、考察を捏ね繰り回して、こうしてブログを書いたりする、私の時間が大好きだ。

 

思い起こせば物心ついた時から、ずっと私は「1」だった。

私の実家は福岡の田舎の町外れにあって、近くに同級生はいなかった。放課後、誰かに気安く遊びにおいでよと言えないほど、学校からも遠くて、帰宅するだけでくたくただったし、自分から遊びに行こうという気にもならなかった。遊び相手は三つ下の妹だけだった。ずっとそれが私にとっての普通で、中学生の時、初めて休みの日に友達の家に遊びに行った時はとてつもなく緊張したのを覚えている。友達の家に初めて外泊したのに至っては大学生になってからで、四年生の頃、卒論の追い込み時期に家まで帰るのがしんどくて(私は福岡の実家から佐賀の大学まで毎日特急電車で通っていた)、何回か同じ研究室の子の家にお世話になった。

小学生の頃、そういう家が遠い、周りに同級生がいない、というのもあって、教室にいてもいつも自分だけが「異物」のような気がしていた。周りの子たちは、田舎によくある親同士が親戚という子たちも多くいて、そうでなくても地域ごとのコミュニティが完全に出来上がっているのを、子供ながらに感じていた。いわゆる、幼馴染、という仲良し集団がたくさん乱立していたのだ。そこに異物の私が馴染めるわけもなかった。みんな仲良しだったけど、きっと今にして思えば、誰も私に本音は話していなかっただろうし、私も誰にも本当のことは言えなかった。あの頃も、今現在も、私に親友と呼べる存在はいない。そして、それを寂しいとも思わない。思えない。だってずっと「1」であることが普通だったから。

 

それはジャニオタになってからもそうだった。

私が嵐担になった頃、高校時代に嵐が好きと言っていた同級生の子達とコンタクトをとるようになって、よく一緒に遊んだ。元々4人のグループで、そこからさらに二人ずつに分かれていて、その二人ずつも「相方」を公言するような超絶仲良しペアという組織図だったところに私が飛び込んだせいで、必然的に事ある場面で「2・2・1」という構図になった。さらに私が入ることで二人の出来上がっている空間を邪魔しているような気がして、この頃のなんとも言えない孤独感は忘れられない。せっかく一緒にいるのに、私はずっとそこにいないみたいだった。それに加えて、四人には共通の参戦履歴があるのに、私にはないから、その話をされるのも精神的に辛かった。あの時のコンサートでさー、○○が××してどうのこうのだった、あーあったねー楽しかったねー、みたいな。自ら過去のレポートをネットで探して調べて吸収するのと、直接口から聴かされるのは訳が違った。私だけがそこにいなかったという事実がもたらす疎外感がすごかった。今思うと、ただ単にこういうことがあったんだよ、って教えてくれようとしたただの親切心だったのかもしれないけれど。

そんなこんなもあって、私は徐々にそっと、そのグループから離れた。嵐のチケットの取り辛さを考えると、協力し合うのが最善というのは分かっていたけど、耐えられなかったし、一緒にいる時にそういう話をされても辛い、という本音を口にすることは、私には無理だった。なんて人付き合いが下手くそなんだろうと思った。他の人は、仲良しの子にはこういうことをちゃんと言うんだろう、そしてそこから親友とかいう存在になるんだろう、でも私にはそれは無理だった。どうしても、本音なんて口に出来なかった。それを言ったら、空気を壊す。私一人の感情が原因で、四人を少なからず傷つける、そう思うと出来なかった。みんなどうやってそれを飛び越えていくの?わからない。親友って何。何でも話せる相手ってなに?親にだって、本当の事なんて今まで口にしたことがないのに。

もうジャニーズ関係で、特定の仲良しを作るのは止めよう、と決めた。全部一人でいいやと思った。一人がよかった。ずっと一人だったから。

私の嵐の名義は、比較的よく頑張ってくれている方だと思う。10周年から先は相葉さんの舞台「君とみる千の夢」とLOVEコン、japonismに当選した。入会してから一度も当たらない名義もある中で、近年は二年に一回の当選を果たしている。快挙。しかし裏を返せば、2014年までは、一年に一回も現場がない、なんて年も珍しくなかった。今年は、その反動の様に現場に行きまくった一年だった。

 

 

総括として思うことは、非ジャニーズの舞台が実は苦手かもしれない、テレビ番組を見るのがしんどくなった、誰かと一緒も悪くない、という三点だ。

 

まず舞台のこと。

今年はコイベビや寝盗られ、市場三郎、ジャニフワなど、かつてないほど舞台を見た。どうやら私は、あの舞台の短い時間だけで、話を整理し、登場人物の気持ちを汲み取り、そして自担の活躍も確認して、という同時多発的な情報を受け取る力が弱いことがわかった。自担がいなければ、割とフラットに全体を見られるし話にも集中出来るので、大丈夫なところもあるけど、応援屋とかは特に、話のメインとは関係なく、バックで自担が歌ってるシーンとか、ちょっとどうしたらいいのかわからない!と思う場面もあって、舞台経験値の低さが露呈したように思う。話に集中すると自担を見てられない、でも自担を見たい。でも自担見てると登場人物の感情の動きがわからなくて、話が頭に入ってこない。回数こなせば、もっと楽しめると思うんだけどなー、いかんせん、何度もその為だけに遠征出来るわけでもないし、この部門は割と2017年も課題かもしれない。

その点、ジャニフワのようなザ・ジャニーズという舞台は、どちらかというとショーなので、ストーリーもあってないようなところがあるし、コンサートに近い感覚で見ることが出来るので、肌に合っている、と感じた。考えるより感じろ、の世界。ああ、アイランドがとても楽しみです。

 

テレビ番組に関しては、そのまんまだが、バラエティ、ドラマ問わず、見続けるのがなんかもうしんどいというか、面白い!と感じることが少なかった。それと、アイドルと今を一緒に生きていきたいのに、こういうメディアってアイドルの過去なんだよな、と思ってしまって。収録されたものだから仕方ないというか、当たり前なんだけど、今を目撃したいのに、割と時間のほとんどを過去の収集に消費してる、とか思ってしまって、下半期はあまり力を入れて見られなかった。同じ過去なら円盤を見てた方がいいかなとかも思ったし、私が見たいものは地上波のバラエティ番組の中には、もうあまり存在しない気がする。もちろん、頑張ってる子たちの頑張りの結果は見届けたいので、録画はするだろうけど。うーん。2017年は音楽番組だけでいいかもなーとか思っているところ。

 

最後。なんだかんだ、今年のコンサートで完全に一人で入ったのってサマステ、ハシツア、JUMPコンぐらいで、後の現場は誰かと常に一緒だった。その時、その場の為だけのお付き合いの人もいれば、ツイッターで長く交流があって、やっと現場でお会いできた人もいたし、はじめましてじゃない人もいて、でもどれもすごく、本当にね、すごーく信じられないくらい楽しかった。

ずっと「1」だったけど「2」も悪くない、誰かと一緒に入って、終演の後、ぽつぽつ答え合わせをするみたいに感想を言い合って、またどっかの現場で、と言って別れる。点と点を結ぶような、刹那的だけどたしかに続いていくであろうこの関係って、悪くない、そう思えたっていう事実が、なんだかとても嬉しかった。ずっと抱えていた、一人でいなくちゃいけない、一人が一番いい、という呪いみたいなものが解けたなと感じられたのが、今年一番の収穫だった。来年は味を占めすぎて出会い厨みたくなるかもしれない。

 

来年の抱負としては、相変わらずいろいろ現場には行きたいし、遠征もすると思うけど、いつも現場に必死になりがちで、観光とか現地の美味しいモノとか、すっ飛ばして生きてきた人生なので、現場以外の楽しみをどうにか行程に捻じ込んでいけたらなーと思う。

今年が新天地開拓年だとしたら、来年は拓いた土地をもっと豊かにするような年になればなと。情報の取捨選択も、もっとばっさり、身軽にいきたい。現場のような一次情報を大事にしたい。メインはJUMP10周年と、A.B.C-Z5周年かなー。この一、二年がターニングポイントになりそうなSexy Zoneも着実に見ていきたいし、WESTさんはいわずもがな。今年とあまり変わらない予感しかないな。

 

最後に、ツイッターで、現場で、このブログで、お世話になったみなさん、出逢って下さった方全員に、来たる2017年、良い事ばかりがありますように。